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それでも尚ピンヒールをはく男

※  すきっ腹に煙草をふかすと少しマシな気も、気分が悪くなる気もする。結局なにも摂らずに出てしまった。春の終わりか夏への入口か、どちらともならないこの時期はまだ夜の空気は少しばかり澄んでいる。もう少し季節が進めば、この街の空気は最悪だ。生温い上にあちらこちらの店や人の臭いやらで、とても素面では歩き回りたくもない。  十九時半に家を出て、水でもなんでもいいから飲めと言い聞かせたが、きっと、動物に言うよりもこの言葉は意味をなしていない。それこそ動物ではなく、考える能力があるからこそ。  いつもの通勤の道も、この店の中も、薄暗い割に目に痛い光で溢れている。今日は余計に、この光が目にうるさい。  店は十年前に着手して、九年前に開店した。二十代中頃からずっと互いが支えになった相棒と。  酒が飲めてドラァグのショーにポール、度合いは守って、時にはSMのショーもある。それまで互いに雇われた身とした働いていたあらゆる店を見て、こうであればいいという理想の寄せ集めは、九年経った今も褪せることなく互いの生き様のままだった。  当時までは現役でドラァグクイーンであった相棒も今では一線から退いた。気性が荒い相棒は当時仲間内でした大喧嘩で腹を蹴られて、打ち所が悪くピンヒールが刺さりあばら骨を折った。その腹いせのように、今でも尚、ピンヒールを履いている。  随分、お互いに丸くなった。その頃のように刹那的な生き方も、それ程でもなくなった。それ程危ないこともしない。一夜の相手も、気心知れた相手で済ませることが多くなった。危ない橋を渡ってまで、欲を処理するまでもなかった。特に自分のスタイルというものを理解しては、それを知った上での関係でなければ面倒にもなった。  相棒は今日もピンヒールを履いていた。薄い、派手な柄のシャツに細身のパンツ、大昔のグラムミュージックが思い起こされる。流石に自分も相棒もそんな年代ではないのだが、知るイメージで、相棒はいつもそんな服を好んでいた。 「仕事してよ」  ぼんやりし過ぎていたのか、ピンヒールが鳴らす音にも気が付けなかった。正面のカウンターに肘をついて、その長身の腰を屈めた。 「磨き終わったんだよ、サボってねえって」 「そんなあからさまにうわの空にしといて? もっとマシなこと言いなさいよ」  店を回すのは相棒で、酒と金は任されていた。店を始めた当初は集客の為に互いにショーをしたが、有り難いことに今ではその必要もなくなった。  互いに、夜の街で生きるようになってかなりの年数になる。自分に至っては夜に住み着くと同時に、相棒がいたようなものだった。恐らくあらゆるものを学んだ。知恵も、悪さも、生き難い世界で生きる術も。 「なによ、なんかあった」  相棒の名は光志(みつし)と言う。昔はその名で呼ぶと怒り出したものだが、今では昔のドラァグ時代の名で呼ぶと怒るようになった。 「あんた見かけの割にわかりやすいのよ。顔に出てるわよ」  一体どれが滲み出ていたのかによっては、困る。  相棒にならば、話してみても構わない。寧ろ光志(みつし)以外に、こんなことを話せるわけもなかったが、まだどうなるとも、どうするとも決まってはいない。相談出来る程の考えてもなかった。 「やばくなる前には話す」 「どうせロクもないってことね。シズオ、あんた本当男運ないのよ。どうせまた、そんな所でしょ」  ピンヒールが小気味よい硬質な音を鳴らして、去って行く。出番のポールをどやしに行くその姿にか、長年の付き合いにか、頼もしさを感じた。

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