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綺麗な薄荷色が気になる

※  扉を開けるなり更に現実が付きつけられたようだった。まだ、やはり、当然に、いた。  本物の動物がよくする飼い主の帰りを待つ様子とは少し違った印象であったが、あの生き物は部屋の中で当然のように自分の帰りを待っていた。  目にうるさい外の光で照らされる室内、ぼんやりとベッドに乗っていたのが自分と目が合うと途端、極自然に、笑った。それは動物らしさでもなく、この生き物個人としての確かな表情で。 「電気くらいつけろよ」  こうもうるさい光で照らされては自分も殆どつけやしないが。  大きな買い物袋をその生き物の前に置くと、まるでガサガサする音に対して反応でもしているように中を覗いた。お気に召すものがあるのか知らないが、片方の袋の中身をベッドの上に出し切って、もう一つの中身はテーブルの上に積み上げた。  日持ちのする冷凍食品、菓子、これは少しこの生き物にはハードルが高いのかもしれないカップラーメンは、食べなければ自分で消費も出来る。  近々で口に出来るであろうパックに入ったハーブチキン、動物ならば肉であろうと考えたが、これを見たドラァグの彼女達は「二十代」と踏んだ。  「がっつり系もなきゃだめよ」のアドバイスで購入したから揚げがまさしくこの生き物にもヒットしたようで、「これ」と言わんばかりの表情を向けて来た。  そう、向けて来た、のだ。 「お前、俺は別に飼い主になったわけじゃねえんだから、まず喋ってくれねえか。それじゃなきゃお前がなんなのかも、どうするべきかもわかんねえよ」  概ね、正しいことを言ったと思った。  この生き物にも思うところや考えるものもあるはずだ。だが、流石に、言ってくれなければどうにならない。  すべてを察してやるにも、そもそものこの人物を知らない。ひとつ、名刺でも差し出してくれれば、まだまともになにを考えるべきかもわかったのだろうか。 「俺はお前のことをなにも知らねえんだぞ。どうするか考える為にも、なんか言ってくんねえと……なあ、おい」  すぐに追い出しもしないのは、こんな街で、夜に生きている所為であろうか。それとも、今まさに死んだかもしれない瞬間を目撃した責任からだろうか。  困らない、単に、それだけであったかもしれない。  この男は、恐らくあの派手なスーツの男のペットであった。店でも、この街でもそういう姿や関係はよく見てきた。その種類は様々だが、この男は所謂〝ヒモ〟の類ではなく、れっきとした、本当の意味のペットなのだろうと察した。  上下や主従関係だけで成り立つ間柄では、なかったはずだ。その裏付けのように、この男の体は傷ひとつなくやけに綺麗なままだった。愛玩動物であったのだろう。扱いとしては。けれど、徹している様子から見て、それは本当に動物としての扱いであったかもしれない。  どれであれ、言ってくれれば。一言でも伝えてくれたのならその選択肢から、選ぶことも出来るのだが。  男が座るベッドの正面、床に腰を下して、目にうるさい光の逆光を受ける姿を見上げた。  傷もなく、か細くもなく、健康的。大事な大事な、ペットであっただろうに。 「……なあ、ハッカ」 それだけには確実な反応をして、男は喜びも露に、あの動物のような仕草で擦り寄った。見上げる顔にわざわざ低く合わせて、身を屈めて。  もう、既に自分がこの男を「捨てられたペット」として見た上、それを更に見捨ててやるわけにはいかないと考えていることが滑稽だった。正しいことのようにごちゃごちゃと考えれば考えるだけ、あの派手なスーツの男と考えることが一緒になっていく。   別に困らない。それだけで、自分にとっては正しい行いになった。 「ハッカ、もういい、やめろ」  それでいいのなら、それでいい。  擦り寄るハッカの頭を左腕で抱えると、明るい色をした肌触りの良い髪が鳴る。初めて撫でると、存外心地の良いものだった。

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