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薄荷色の世界▷怒られています

 今、ぼくは三人目の飼い主に怒られている。  いや、本当はそんな優しい表現なんかではなくて、きっと誰かに見られていたら通報だってされてしまう。けど、こんな場所にそんな人はいない。深夜の波止場、すぐそばの歓楽街、こんな時間じゃなくても、まともな人はいなさそうだった。  あの瞬間、確かに魔が差した。言いつけを破ったし、思わず、はっきりと言葉に出してしまった。そりゃあ、怒る。リョウジ君は、そういう人だから。  人の見た目というものは、それ程うまく他人には伝わらないことがわかった。初めて好きになった人も、一人目の飼い主も、二人目の飼い主そうだった。この、リョウジ君もそう。派手なものが好きできらきらするものが好き。そんなもので自分を包んでいるのに、ぼくのことが好きで堪らないと言う。だから、ぼくが自分以外の、それも、一番言ってはいけない人の名前を、言い付けも破って口にしたことが許せない。  怒らせてしまった、悪いことをしたのは、確かにぼく。リョウジ君は、それがいやで、飼い主だから。  今夜はいつものクラブにリョウジ君に連れられて来た。クラブと言っても爆音が響くあの類ではなく、かなり特殊なもの。そこはペットを展示する場所。自分のペットを自慢げに見せびらかす店。リョウジ君と出会ったのも、このお店だった。  カプセルと言われるガラス張りの円錐の中で、ペットは展示される。そのまま、裸のままだったり、飼い主の思い思いの趣味を着飾って。  今日はそこから出て、たまたまリョウジ君のそばにいた。沢山の人で賑わう薄暗い店内。そんな中で見つけてしまったのも、良くなかった。  沢山の人の中に、恋しい人がいた。初めて好きになった人だった。いや、本当は初めてなんかじゃないんだろうけれど、それでも心も、体も触れ合ったのは初めての人で、ぼくはその人の所に居て、今は、ここに居た。  だから、本当に、もう、本能的に声に出てしまっていたのだと思う。気が付けばぼくを囲むものが静まって、リョウジ君が信じられないものを見るような目でぼくのことを見ていた。そこでようやく、自分がしたことを自覚した。ああ、怒られる。そう思った時にはもう手遅れで、リョウジ君は大声を上げて怒り狂った。  叫んで、投げて、振り払って。壁を殴って、テーブルも椅子も蹴り上げた。  お店の中は一気におかしな空気になって、叫び暴れ続けたリョウジ君はぼくを見て、首を掴んで、それまでの怒声とは打って変わっての静かな声で、怒った。なにしてんだよとか、多分、そんなこと。ぼくには二重の衝撃で、リョウジ君の言っていることは殆ど頭に入らなかった。  そのまま、リョウジ君はぼくの首を掴んでお店の外に出た。色んな人がぼく達を見て避けていく。でも多分、今のリョウジ君にはなにも見えていない。リョウジ君が慕って、ぼくを譲ってもらったぼくの二番目の飼い主がなにか言ったけど、答えずに進んだ。  駐車場まで首を掴まれたまま引きずられて、裸足だった足は色んなものを踏んで痛んだ。耳に聞き慣れた車のカギが開く音がして、それとほぼ同時に車の中に放り込まれた。リョウジ君は僕より少し小さいのに力が強い。押し込まれて、同じ後部座席に乗り込んで来た。  お店の中よりはずっと落ち着いてはいるのだろうけど、それでも怒りしかない表情で、声で、言葉を吐いている。  馬乗りになったリョウジ君の革靴が時折体に刺さって痛い。喉を掴んでぼくを揺さぶる。後頭部が窓ガラスにぶつかって痛い。  徐々に、リョウジ君の体と呼吸が変化していくのがわかる。端々で笑う、嬉しそうに、喜んで。  リョウジ君は自分がどれだけ相手を想っているかに昂る。自分がこれだけ想っているのにと。半ば責め立てるように攻撃的になって、感情的な言葉を浴びせて、暴れる。  けして相手に暴力をふるうことはない、例えばぼくのことが好きで好きで堪らないから、そんな相手に手を上げることはない。それでも根本的には行動も荒いから、こんな風になる。セックスの前はいつもそう。例えばこんな時。  途中から、リョウジ君のものが硬くなっていくのも、熱くなるのもわかった。いつも通り。いつものリョウジ君のスイッチの入り方と同じ。  荒い言葉を未だ吐き出しながら、リョウジ君はぼくの服を引き剥がしていく。例えとかではなくて、本当にそう。飛んだボタンはどこかへ向かっていくし、あちこちから糸がちぎれる音がする。  暴れるみたいに服を剥いで脱ぎながら、噛み付くようなキスをする。これも例えでも、なんでもなく。  もう、一年半もリョウジ君の暴走する愛情を受け続けているぼくがこれに慣れているのも当然だけれど、それもどうかと思う。きっとまともな愛し方でも愛され方でもない。でも、これまで一度でもその、まともな愛され方をして、まともな愛し方をしたことがあったのか、よく、わからない。  体の中にぼくのを迎え入れて馬乗りで跨る腰を乱暴に振りながら、リョウジ君は楽しそうに笑う。お腹に擦りつけられるリョウジ君のものが張り詰めて脈打つのが皮膚に伝わって、それを掴んで扱く手が街灯の光で白く照る。何度目なのかわからない弾けたものが頬や口元に飛び散って、車の中の空気が重くて息苦しい。  毛先が乾いてごわつくリョウジ君の金髪が、揺れながらぼくの顔に触れる。それを引き寄せてキスをしようとすると、リョウジ君は少し、大人しくなる。攻撃的な愛情をぶつけているはずのぼくがそうすることが、リョウジ君には照れくさいのかもしれない。  その瞬間がもしかしてリョウジ君の本性なのかもしれないと思って、ぼくは一年半こうして触れているけれど、僕自身の本性というところも未だによく理解出来ていないから、きっと、乱暴な表現しか出来ないリョウジ君も同じ気持ちが燻るところがあるんだろうと思っている。  きっと不器用なだけ、それしか方法も知らないし、表現しきれない。  狭い車の後部座席であばれるみたいなセックスをして、満足したリョウジ君は運転席に移動した。機嫌が良さそうな声だけれどまだわからない。  どこへ向かうのか手荒な運転をして夜の歓楽街を抜けていった。街灯が断続的に映すぼくの体は服もまともな形を残していなくて、これが愛の結果だとは思えようがなかった。

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