16 / 25

こんな時に可哀想だと思いました

※  寒くて寒くて、集中しようと思う程に頭の中で低い音が鳴ってよく聞こえなかった。  リョウジ君は突然現れた人にも何かを叫んでいるし、その人もこの状況を咎める様子とかもなくて、今なにがどうなっているのか、きっとぼくのことを話しているのだろうことはわかるのに、それ以上はなにがなんだかわからなかった。  けれど急にリョウジ君が歩み出し、ついさっき二人で通って来た道を一人で抜けて行ってしまった。この場に無関係な人は当然困った仕草でリョウジ君を呼び止めているようだったけれど、それも構わず、すぐにリョウジ君の姿は見えなくなった。愛車のエンジン音がほんの少しだけ聞こえた瞬間、とても頭が混乱した。  リョウジ君が、本当にぼくを置いて行けるとは思えなかった。そんなわけがないと思っていた。これまで通り、ひとしきり爆発してからまた、家に帰るものだと思っていた。  車が遠ざかって行く、もう、音は聞こえない。  どうしよう、どうしよう。震え続ける体もおさまる気配もなかった。  見ず知らずの男の人は、暫くその場で困惑していた。ぼくを見ては口元を押さえてどこかを見て、離れた場所でずっと、困っていた。  ぼくの体感ではどれだけの間かはわからないけれど、ずっと。  それでも遂に男の人はぼくに近づいて、しゃがみ込んだ顔が近づいてやっと、その顔をはっきりと確認することが出来た。  まるで沼のように昏い目の人だった。けれど触れた手のひらは冷えきった体には熱い程の体温で、その温かさに少しだけ涙が出そうになった。  それが、どれに対してだったのか。きっと震えていた所為で本当に泣いてしまったのかも、定かではないけれど。  男の人に抱えられて、次の瞬間には体が浮いた。肩に担がれて、見えるのはさっきまで自分がいた場所だった。街灯に照らされたコンクリートには大きな黒い染みが残っている。さっきまで、ぼくがいた場所。  細く暗い道を男の人が進む分、照らされたその染みの光景がどんどん小さく、遠くなっていく。自分の人生のひとつが終わっていくようで、今の気持ちには少しこたえた。  狭い道を抜けるとすぐに眩しい光に包まれて、急激に旋回した視界がよくわからなくなっている内に建物の中に切り替わり、狭い階段が目に入った。  ひんやりと冷たい壁に足や肘が触れる度、それを庇うように男の人の体が反対方向に傾いて、彼の体がどこかに当たった。  三階分の猫の額程度の踊り場を過ぎて、立ち止まった。同時に下ろされた地面があまりにも冷たくて、逃げるように身を縮こませると更に冷たい壁が背中を受け止めてしまった。少しだけ男の人の体温で温まってしまった所為で体に走る冷たさが凄くて、また〝最初からやり直し〟のようだった。思い出して、悲しくなった。  もう一度体が浮いて、階段の白い蛍光灯が扉で消えて、同時ににおいが変わって違う場所に来たのがわかった。薄暗いけれど外よりは十分静かで、窓から差し込むうるさいネオンさえなければもっと静かだった。  下ろされた場所は奥まった狭い場所で、薄暗さに目も慣れないままで戸惑った。けれど、どうにも、男の人に悪意を感じはしないし、どちらかというと印象は悪くなかった。  そうこうしていると男の人が戻って、水が打ち付ける音と共に床から伝って体が温まり、湿った暖かい空気に包まれた。  飴と鞭を別々の人から与えられているみたいだ。なにひとつ知らない男の人の温かさにも、リョウジ君が去ったことにも、お湯の温かさににも、冷たさも、痛さも、色んなことに動かされた気持ちが落ち着いた瞬間、急激に眠気が襲った。  疲れた、もう今日は、なにをすることも出来そうにない。  瞼が落ちる、涙も落ちる。けれどきっとお湯に紛れてぼくにも見えやしない。

ともだちにシェアしよう!