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ぼくの新しい飼い主はずるいひとのようです
※
階段を上る足音がしたのは、部屋の中が外の目にうるさいネオンが充満して大分経った後だった。
重たい扉が開いて、部屋の中よりはっきりと明るい階段の蛍光灯を背にして現れた姿に安心した。よかった、ちゃんと帰って来た。我慢出来ずに笑ってしまった、まだそれが正しいのかわからないのに。
「電気くらいつけろよ」
でも、正直あんまり必要ありませんでした。すごく明るいので。
何故か、男の人は大量に詰め込まれた買い物袋を二つ、ぼくの前に置いた。もう、こぼれて落としてきてもおかしくないくらいに詰まってる。もう一枚袋、もらえばよかったのに。
(なに入ってるの)
中には沢山の食糧と飲み物と、おかしと、歯ブラシとかまで入っていて、この瞬間、とんでもなく安心したの、伝えられないけど、伝えたかった。
正直、もうおなかは減ってました。すぐ食べられるしこれがいいです、それ、はい、むいてください。
でも、急に。
「お前、俺は別に飼い主になったわけじゃねえんだから、まず喋ってくれねえか。それじゃなきゃお前がなんなのかも、どうするべきかもわかんねえよ」
やっぱり、そうですよね、そっちですよね。
ほとんどの人がリョウジ君や、その前の飼い主の皆と違うのはわかっているけれど、やっぱりそうですよね。
でも、ぼくもまだあなたの名前を知りません。
「俺はお前のことをなにも知らねえんだぞ。どうするか考える為にも、なんか言ってくんねえと……なあ、おい」
やっぱり考えますよね、道で五百円拾ったのとはわけが違いますよね。でも五百円ほどの価値もない時もありました。リョウジ君はその前の飼い主からぼくをとんでもない額で買ったけれど、最初の飼い主は本当に、ぼくを無料で手に入れてました。
男の人が疲れた様子で床に座って、目線が少し低くなった。ぼくを見上げている。
「……なあ、ハッカ」
ぼくと目線を合わせようとしてくれているのが、ちょっと心が痛くなるくらいに嬉しかった。皆見下ろすのに、ぼくが床で、皆見下ろしたのに。
屈んで、擦り寄った。これは感謝とか、好意の意味だけど、わからないよね。ありがとう、男の人。ありがとう。ごはんも。
「ハッカ、もういい、やめろ」
あ。
声が出そうになった。
男の人がぼくの頭に腕を巻いて、撫でた。
あ、ずるいひとかもしれない。
すごく、ずるいひとかもしれない。
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