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凄くそれっぽいと思いました

※   「はつか」  (ながれ)君がぼくの名前を呼んだ後、久々に聞いた自分の名前に我に返った。つい数時間前までは違う声に、違う名前で呼ばれていた。  男の人を見ると、確認出来る前に「後は自由に」と言って、出て行ってしまった。  こんな風に〝今の人〟に去られてしまったのは初めてのことではないのに、この日のものは、本当に傷ついた。  心を感じる部分がどこにあるのかわからないけど、ぼくの場合は喉が苦しくなった。  男の人が自分の家から去って、ここにいるはずのない(ながれ)君がぼくに両腕を伸ばした。頭を抱えるようにぼくを抱いて、「良かった」と囁く。変わらない声。  なんでここにいるのかをぼくに説明する(ながれ)君はやっぱり綺麗だった。目を細めると一緒に眉が下がる。してる時もその目元が好きだった。  世界は狭いな。聞いている間に思ったのは、ほとんどそれだけだった。  この状態のままでここにいるわけにもいかなかった。ぼくは(ながれ)君について、(ながれ)君の家へついて行った。きっと男の人も、この状態であっけらかんとぼくが居付いたままを許してくれるはずもない。出て行ったのが、その答えだと思った。  (ながれ)君の家は、当然だけどもうぼくの知らない所だった。相変わらず清潔な部屋。白と薄い木目の、あの部屋とは正反対の。  これまでのことを聞いた。(ながれ)君がどうしていたのかとか、なにがあったのかとか、ぼくを探していたことも。  その間にぼくが思っていたことを言ってしまったら、きっと(ながれ)君は傷ついて、泣いてしまっただろうと思う。  ああ、きっと、このまま抱いて欲しいんだろうなと思っていた。ぼくがそういうのを、察せないはずもないのに。 「帰らなきゃ」  ぼくがそう言ったのは、(ながれ)君が全部を話して、泣いて、疲れて、ぼくがしないから更に待ち疲れて眠ってしまった後。早朝、目覚めた(ながれ)君に。  どうしたのとか、寝なかったのとか、(ながれ)君はぼくを心配した風だったけれど、きっと今のこの言葉をどうにか受け流せないかと思ったんだと思う。そういうのが下手、(ながれ)君は、そういうのが出来ない人。  そこからは、ぼくが話す番。でも、特にこれまであったことを話す気もなくて、それ(ながれ)君に報告する必要もないと思った。(ながれ)君は弱い人、だから、ぼくにあった色んなことを知る必要はないよ。  ぼくが帰る必要や、なぜかとか、どうして戻りたいのとか、そういうことを話した。  話せば話す程、それは(ながれ)君とは離れること。一緒にはいないこと、いるつもりではないことだと(ながれ)君は察していくようだった。  けれど本当の所は、ぼくはもう(ながれ)君の言うことを無条件で信じてはあげられなくなっていただけだった。  だからもう、ぼくは(ながれ)君のことを抱けないよ。  最後にぼくが「まだ名前も知らないけど」と言うと、(ながれ)君は「かわらないね」と言った。(ながれ)君の名前も、出会ってから長い間知らないままだった。ぼくにはそういうものが重要ではないのは、もう、ずっと昔からだったみたいだった。  そこからが、少し大変だった。  よく考えればぼくは男の人の名前を知らないし、家も外から見たこともない。出会った波止場がどこだったのか、男の人の職場も知らなかった。  結局、(ながれ)君に頼ることにもなって、折角だから色々なことをきちんとしてから戻ることにした。  名前すら知らないことを嘆くと、ぼくを探す為に調べていた(ながれ)君が男の人の名前を知っていた。  「俺の口から言っていいの?」なんて、なんだかロマンチックなことを言うけれど、ぼくも大人でそういうのを信じるような純粋さもないよ。 「一ノ瀬静雄(いちのせしずお)さん」  静かな雄というのが、凄くそれっぽいと思った。

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