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第1話

高校三年にして、一年の後輩に告白された。中学からつきあいのある卓球部の後輩で、そのころから思いを寄せ、俺を追っかけて、同じ高校に進学したという。 もちろん、高校でも卓球部に入り、先輩後輩として親しくしていたものの、俺が引退をして不安になったと。大学まで追いかけられるか、分からなかったので、受験前ながらに告白をしたとのことだった。 「もう会えなくなるなら、いっそ」と腹をくくったらしいが、俺にとっては、大のお気にいりの後輩だから、白黒はっきりつけて、関係を断つのが惜しかった。ので「告白については一端、保留。部活がなくなって、お前に会えなくなるのは寂しいから、一緒に勉強する形でなら、これからも会わないか」と提案。 関係を曖昧なままにするのは、後輩には酷なことかと思ったが「いいんですか!」と顔面蒼白だったのが、頬を上気させ目を輝かせたもので。二人で勉強をしだしても、痺れを切らして迫ってくることなく、無邪気に慕う後輩として、今まで通り、接してくれた。 その日、腰が痛かった俺は、ベッドに寝転がって、英単語を覚えていた。しとしと雨の降るのが耳につくほど、室内は静かで、テーブルに向かう後輩がだんまりでも、かまわず、やや上の空で英単語を呟いて、完全にリラックスモード。 ふだんはお調子者の俺だが、間が空いたり、気まずい空気になるのを恐れて、その裏返しに騒ぎ立てているところがある。能天気そうに見えて、案外、人と居ると余計な気を回さないでいられず、空回りしがち。 が、後輩が傍にいても、いつものように焦らない。気を許しているというか、甘えているというか。お互い話さなくても、反応を鈍くしてもされても、乗りに合わせないでも、気まずくならなかった。 と、すっかり油断していたのは、俺だけかもしれない。告白されたのを半ば忘れつつあって、現状に甘んじていたせいだろう。 しとやかな雨の音に耳を傾けつつ、いつの間にか、眠りに落ちていた。そのうち目を覚まし、眠る前と変わらず、テーブルに向かう背中を見とめると、なにげなく、後輩の名を呼んだ。「はい」と応じつつ、微動だにしない背中。 不思議がりつつ「俺が呼んでいるのに」むっともして、シャツをつまみ引いたものの、再度、呼ぼうとした声を詰まらせる。直に触れずとも、シャツ越しにも伝わる、湯気だつような体温。汗臭いのとはまた違う、鼻につくような、胸騒ぎがするような酸い匂い。 そう、男が処理をするときの、あれな雰囲気がして。といって、後輩は身動きしていないし、息遣いもひそやか。それでも、静かにたゆう熱に当てられて、生唾を飲みこみ、また服を引こうとしたら。 「ごはんできたわよー!後輩くんも、どうぞー!」と階下から、母の大声が。その一声で「そうだ、家には家族がいたのだ」と今更、はっとし、服をつまんでいた手を、慌ててひっこめる。 冷や水を浴びせられたようで、とたんに居たたまれなくなったのを誤魔化そうと、口を開こうとすると、肩を落とし、太ももを叩いてか「ぱん!」と鳴らしてから、後輩が立ち上がった。何事もなかったように「先、行っていますね」と溌剌と云いつつ、振り向かないまま、部屋をでていって。 所在なく浮かせていた手を下ろし、仰向けになって「高校生って不便だなあ」とため息をつく。でも、不便だからいいのかもしれないとも思う。 二回目に、服を引こうとした、そのときの俺の思いを、まだはっきりとさせたくない。不便な高校生だからこそ、今は、この関係性を一般的な型にあてはめないまま、名をつけないままでいたかった。

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