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第3話

 それはさておき部・課長クラスの定例会議に出席しているはずの御方が、一体どんな用があってここにおみ足を運ばれたのだろう?   当世チョコレート事情の市場調査……主にオフィス用品を扱う会社の営業課長が異業種のビッグイベントを偵察しにきても得るものは少ないだろうしなあ。だとしたら純粋にプライベートな目的でもって、ここを訪れたとか?  課長は今現在はフリーだけれど、ぬけがけ禁止令なる紳士協定が、うちの女子社員の間で結ばれていると伝え聞く。  いわば監視網をかいくぐって彼が自らチョコレートを(あがな)いおいであそばしたということは、まさか……本命さんへのプレゼントを選びにきた、ということ? はっ、その恋人って男? 女?   確かな筋からの情報によれば、かつて取引先の受付嬢と熱愛中との噂が会社中を震撼とさせたものの結局、婚約を破棄するに至ったことがあったらしくて、で、あれば課長はノンケの確率が高いと思うんだけど……。  どちらにしても、いるかどうかも定かでない本命さんにジェラシーめらめらです。  口をへの字にひん曲げるわ、蒼ざめるわ、俺は通路の真ん中でフリーズしたっきり、ひとり百面相状態。ママ友軍団がベビーカーをわざとぶつけてきたり、豹柄トレーナーのおばちゃんが鳩尾を肘でどついてきたり、群集心理って怖い……。  と、課長と視線がからんだ。ん? というふうに目をすがめたあとで白い歯をこぼし、片手を挙げて俺に合図をよこした。  ヤバい、ロックオンされた。でも一応、変装していることだし、俺の正体がバレたとは限らない。しかし願い空しく、課長は颯爽とこちらへやってくる。親しみのこもった笑顔を向けてくる。あっ、あっ、あっ、ぽんと肩を叩かれてしまったあ! 「早瀬、早瀬じゃないか。奇遇だな」 「人違いです、他人の空似です、そっくりさんです、俺は俺だけど俺じゃなくて俺です」 「そのマフラーは、早瀬のものか」  足下を指し示された。ドサクサにまぎれてむしり取られたマフラーは、房がほつれて足跡だらけの無惨な姿をさらしていた。 「マスクはきちんとつけておかなければ、風邪の予防にはならないぞ」

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