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第5話
北に仕事の壁にぶつかった新入社員がいれば行って親身に相談に乗ってあげ、南に育休をとりたがっている男子社員がいれば行ってバックアップを申し出、東にセクハラおよびパワハラの常習犯がいれば行ってガツンと言ってやり、西に無理難題を吹っかけてくる取引先があれば行って新規の契約をとってくる。
咲良さんとはそういう御方で、まさしく管理職の鑑 なのです、ハイ。
ちなみに去年のバレンタインには咲良さん宛てのチョコレートが営業部の机の上に山と積まれ、その数、段ボール箱三箱分になんなんとしたという。
その手のエピソードは枚挙に遑 がない咲良さんの美点を縷々 綴りはじめると一万ページあっても足りないから割愛するとして、チャームポイントをあえてひとつ挙げるとすれば。
笑うと小さなえくぼが右の頬に刻まれて、凛々しさに愛らしさが加わる点が萌えツボかな。いや、待てよ。眼鏡をいじる癖にはそこはかとはない色気があるし、ひとつに絞れっこない……。
すんなりした指が、折しも眼鏡をひと撫でした。桜色の爪にうっとりと見蕩れていると、吐息が前髪をそよがせた。咲良さんが腰をかがめて、掬い上げるように顔を覗き込んできたああああああ!!
花の顔 が近い、近すぎます。唇を盗みたくて辛抱たまらんようになって、生唾ごっくんなのだ。
「女性の戦場に等しい場所に単身乗り込んでくるとは、早瀬は勇者だな」
そう言って切れ長の目をきらめかせると、老いも若きも般若のごとき形相で行き交う催事場を振り返った。
「こう言っては語弊があるが、牛丼をガッツリ派に見える早瀬がスイーツに関心を持つとは意外だな。案外、甘党なのか?」
ごにょごにょと濁して半歩、後ろにずれた。ベージュ色の壁を背景にして佇んでいるにすぎないのに、咲良さんは荒野にたった一輪咲く薔薇の花のように眩しい。
ほのかに漂ってくる男性用のフレグランスの香りは、恋わずらいに苦しむ身には、猫にマタタビ以上に刺激が強い。
第一、チョコレートに想いを託したい当の本人と鉢合わせしてしまったんじゃ、最上級のチョコをえりすぐることなんか二の次になってしまう。咲良さんが、ここに出向いてきた理由 が知りたくて全身の血液が沸騰しそうだ。
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