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第7話

  「そうだ、退社後に何か予定はあるか」  囁くように問いかけられて、へどもどした。予定は、と畳みかけられて首を横に振った。 「オリジナルチョコに挑戦するにしても、おれはラーメンを茹でると必ず鍋を駄目にする男だ。そこで、ものは相談だが……」    両肩を摑まれた。がぶり寄ってこられると上着がこすれ合い、顔が真っ赤になったり心臓がばくばくしたり、大騒ぎだ。ホモの痴話喧嘩? と傍らを通りかかったふたりづれが囁き交わすのが聞こえたものの、睨み返す余裕なんか欠けらもない。  エマージェンシー、エマージェンシー。蠱惑(こわく)的な朱唇が射程圏に入って、ムスコ方面に不測の事態が発生です……! 「女性陣の間で評判だぞ。きみは弁当男子で、それもキャラ弁を作りこなす本格派らしいな」 「その噂は尾ひれがつきまくりです。俺が作れるのはせいぜいタコさんウインナと、アン○ンマンを(かたど)ったおむすびです」 「ウインナに細工ができるとは大したものだな。その腕前を見込んで頼みが……」  頼み、と鸚鵡返(おうむがえ)しに繰り返した瞬間、けたたましい悲鳴が会場中に響き渡った。 「キャー、痴漢!」  反射的に(こうべ)をめぐらすと、フリーター風の男と目が合った。そいつは人波をかき分けて逃走を図ると、ちょうど通せんぼする形になった咲良さんに体当たりをかましてきた。  咲良さんをお護りしなければ男がすたる! などと、鼻息が荒いわりにはほどけた靴紐を踏んづけて出遅れた。無念、ウイングチップなんか履いてくるんじゃなかった。  そんなドン臭い俺にひきかえ、咲良さんは俊敏に動いた。痴漢の手首を摑みざま、一本背負いの体勢に持っていった。そして全身のバネを利かせて、豪快に投げ飛ばしたんだ!  拍手が湧き起こるなか、咲良さんは馬乗りに痴漢を押さえ込みつつ、にこやかに言葉を継いだ。 「……腕前を見込んでというのは、つまり、出張講師を頼みたい。帰りにうちに寄って、チョコの作り方を手ほどきしてくれないか」  ええええええっ!? たとえ両親が危篤状態であろうが、万障繰り合わせてお宅にお伺いしますとも!   脳みそがシェークされて耳の穴からでろでろとしみ出してくるんじゃないかというくらい、勢いよくうなずいた。

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