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第9話

 再び閑話休題。苦手なものベストスリーが炊事と蛙とカラオケだという咲良さんの食生活は、 「行きつけの定食屋が頼みの綱だ」  とのことで、ふだんはお湯を沸かすとき以外に台所に立つことはないそうだ。それでも就職を機に独り暮らしを始めるにあたって、物置に眠っていた「イマイチ気に入らないもの」を親御さんが持たせてくれたという話で、調理器具はひと通りそろっていた。  咲良さんと並んで流し台に向かう。新婚気分の夢気分に、うれし涙がちょちょ切れそう。 「えっと……では、僭越ながら講師を務めさせていただきます。まずはチョコを溶かさないことには話は始まりません。ただし、塊のまま溶かすんじゃなくて、まずは……」  俺は製菓用のホワイトチョコをまな板の上に載せた。大まかな手順としては、これを刻み終えたらバターともにボウルに入れる。そこに裏ごししたラズベリーと蜂蜜を温めたものをそそぎ、よぉく混ぜ合わせたのちに風味づけのブランデーをひと垂らし。  これが基本のチョコソースで、こいつを適温になるまで冷やしたのちにアルミ箔でできたカップに絞りだして、彩りにピスタチオをトッピングすれば完成。  つまり、料理音痴を自認する咲良さんのために、難易度が低いわりに見栄えがする大人味のガナッシュの材料を買いそろえてきたわけなんだけれど……。  本命さんへのプレゼント作りに協力することイコール、ピエロ役に志願するということにならないか?  ……いいさ、好きな人のお役に立てれば男冥利に尽きるじゃないか。やけに目がしょぼしょぼするけれど、これは花粉症の症状が出はじめているからであって、断じて泣きべそをかく寸前だからじゃなぁああああああい!  (はな)をすすった。右手で庖丁の柄を握り、左手で刃先を押さえた。タマネギをみじん切りにする要領で庖丁を小刻みに動かし、ざくざくとチョコを刻んでいけば、咲良さんが契約書の約款を確認するときのような真剣な面持ちで手元を覗き込んでくる。  おかげで頬が紅潮して、しょうがない。

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