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第10話

  「今日日(きょうび)、男も料理ができて当然らしいな。庖丁さばきも鮮やかな早瀬は、モテる要素を(そな)えているな」 「モテるどころか恋人いない歴を更新中です」  肩をすくめて返した。何かの間違いでモテ期が到来することがあったとしても、大好きな大好きな大好きな咲良さんに振り向いてもらえないんじゃ、モテ期もへったくれもない。 「それにスイーツ方面でレシピを暗記してるのは、姉ちゃん……いえ、姉がカレシさんに『家庭的なあたしをアピールしたい』って気まぐれを起こしたときに試作品づくりを手伝わされたカップチョコひとつっきりなので、本当は指南役を務めるのはおこがましいんです」 「きみは、今や絶滅危惧種の大和撫子以上に奥ゆかしいな」  そう言って片目をつぶってみせると、ピスタチオをつまみ食いした。 「たとえば早瀬は得意先の担当者の誕生日をさりげなく訊き出しておいて、当日はお祝いメールを送っているそうだな。そういった気配りができるあたり根がセンシティブで、それは押せ押せでいくばかりが能じゃない営業マンとして得がたい資質だ」    こういうふうに褒め言葉を惜しまない点が咲良さんの咲良さんたる所以で、部下のひとりひとりに真摯に向き合ってくれるから信望が厚いのだ。信頼に応えねば、と仕事の面では奮い立つけれど、それも時と場合によりけりだ。  ただでさえ面映ゆさに背中が汗ばんできたところに寄り添ってこられると、動悸が激しくなる。肩と二の腕が偶然触れ合わさると、躰がいちだんと火照って、それを呼び水に下腹部がざわめきだす。  そこで唇を舐めて湿らせるさまが視界をよぎれば、某所に熱が集まるのは当然の帰結で……鎮まれ、心臓! および馬鹿ムスコ!  こころなしかスラックスの前立てが、こんもりして見える。俺はさりげなく掌で股間を覆いながら冷蔵庫側に退き、咲良さんとバトンタッチした。  ところが咲良さんが悲愴の面持ちで庖丁をかまえたとたん、ありゃあ、と頭を抱えることになった。

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