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第13話

 キリがいいので、ひと息入れた。咲良さんは冷蔵庫から缶ビールを二本、取り出した。キンキンに冷えたそのうちの一本を隙をついて襟足に押し当ててきて、 「ひょえっ!」  俺が素っ頓狂な声をあげると、悦に入ったふうにえくぼを浮かべる。  会社での咲良さんは率先して厄介な案件に取り組み、理想の上司像そのもののような御方だ。ところがプライベートでは一転して、けっこう短気だわ、お茶目だわ、と万華鏡さながら表情がくるくると変わる。  素の自分をさらけ出してみせて、俺がいつまで誘惑に打ち克っていられるか試しているわけではないでしょうね?   チョコの甘い香りが台所中に漂うにつれて頭がぼうっとしてきて、「好きです」と思いの丈をぶちまけてしまいそうになる。  見ちゃ駄目、と念を押されていたにもかかわらず(はた)を織る姿を覗き見てつうに()け去られた与ひょうさながら、心の奥底に封印してきた想いが堰を切るのは時間の問題かもしれない……。  告っちゃえ、それ告っちゃえ! チアリーダー姿で焚きつけてくるもうひとりの俺と闘うこちらの胸の裡など露知らず、咲良さんは細い(おとがい)を反らして缶を傾ける。  ごくごくとビールを飲むのにともなって、ちっちゃな喉仏が上下する。くつろいだ風情で、そのぶん、男の色香が匂い立つ光景に視線が吸い寄せられがちになる。  薄紅色のフィルターがかかったように視界がかすみ、そんななか咲良さんが煙草を咥えた。 「あれ、スモーカーだったんですか」 「緊張したときに、たまに吸う程度だ」 「テンパらなくても大丈夫ですよ。あとは適度に冷やしたチョコソースを型に流し込むという単純作業なので、コツさえ摑めばすぐに上達します」    冷蔵庫にもたれて、俺もプルタブを引いた。咲良さんはダイニングチェアに腰を下ろして足を組み、そんな彼とテーブルを挟んで向かい合うと、職員室に呼び出された悪たれと、その担任の教師といった構図のいっちょあがりだ。  もっとも恋の奴隷を任ずる俺の網膜や水晶体は、麗姿を目に焼きつけていこうと、すらりとした肢体を観察(オカズの仕入れともいう)するのに余念がない。  普段は自然な感じにセットされている髪が額に垂れ落ち、衿ぐりからは鎖骨の翳りが見え隠れする。物憂げに頬杖をついたさまも相まって、紫煙をくゆらす姿も絵になるな、と見惚れていると咲良さんは吸殻をシンクに弾き入れた。  テーブルに両の肘をつき、両手を組み合わせた上に顎を載せると、莞爾(かんじ)として微笑んだ。 「ところで早瀬。きみは一体いつになったらおれに惚れていると告白するつもりなんだ」

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