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第16話

 スリッパをつっかけた足が鼻先で揺れ動く。いわば神の審判が下るのを襟を正して待つ状況にあるというのに、処置なしだ。ビジネスソックスに包まれた、おみ足に頬ずりさせていただきたくて、うずうずする。  それにしてもフラれるのは想定内のこととはいえ、咲良さんが黙りこくってしまい、宙ぶらりんの状態におかれたまま一分、二分と経過するにつれて胃がきりきりと痛みだす。  そうか、咲良さんは誠実な人だから、俺に引導を渡すにあたっても禍根を残すことがないように慎重に言葉を選んでくれているんだろうな……。  空き缶をひしぐ音が頭上で響いた。ぴくりと肩が跳ねれば、ツムジをつつかれた。 〝主文、咲良悠一朗氏をいやらしい目で見た(かど)で向こう一ヶ月間ひとりエッチ禁止の刑に処す〟──。  寝ても覚めても咲良さんで頭がいっぱいのの身には、ひとりエッチ云々は重い量刑だ。それはそれとして、きまり悪さに顔をうつむけたっきりでいると、ふっ、と耳に息を吹きかけられた。  ぞわぞわと鳥肌が立ち、弾かれたように仰のけば、腹に一物ありげな笑顔を見いだす。とたんに、ひやっこいものが鳩尾を駆け抜けていった。 「ビジネスの三原則。〝ほうれんそう〟とは何の略か言ってみろ」 「へっ? ほうは報告、れんは連絡で、そうは相談のことですけど……」 「そうだ、コミュニケーション不足はえてして重大なミスを引き起こす原因となる。ゆえに上司と部下のくくりに囚われず、ざっくばらんに意見を交換できる関係を築くことが大切だ」  咲良さんは立ち上がった。廊下に整列した囚人の点呼を取る刑務官のように、背筋を凛と伸ばして流し台の前を行ったり来たりする。 「きみと、おれの〝ほうれんそう〟はどうあるべきか煮詰めていこう。きみは、我々の将来の展望およびビジョンに関して、具体的にどんな青写真を描いているんだ」 「具体的にって……そうですね、休日に課長と待ち合わせして一緒に映画を観にいったりとか、ドライブに行ったりとか、基本はそんな感じで、あとは臨機応変に……」  一笑に付されたうえにデコぴんを食らった。

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