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第19話

「本来の用途以外にもネクタイにはいろいろな使い道がある。そのひとつは酔っぱらってハチマキにすることだが、他の活用法を教えてほしいか」  頭の中で警報器が鳴り響く。うなずいても、かぶりを振っても思う壷にはまる予感がして、怖気(おぞけ)をふるう。  つつつ、と顔を逸らした。ほどかれ、衿から抜き去られたネクタイが視界の端っこでひらついた。  つられて咲良さんに向き直ると、彼は、水玉模様のネクタイの一端を握った。次いで新体操の選手がリボンの演技を披露するような手つきでもって、ネクタイをひと振りした。そして、くいと眼鏡を押しあげた。 「立って向こうを向いて。手を後ろに回して腰の上で組んでごらん」  ひそひそ声は演出効果満点だ。催眠術にかけられたように、従わずにいられない。腰を上げたせつな、ぱちんと指を鳴らされ、糸で操られているように回れ右をすると、テーブルの(へり)に太腿が接するが早いか腕をねじ上げられたうえに、高手小手に縛りあげられた。 「かっ、課長、なんの冗談ですか!」 「痴漢を取り押さえるところを見ていたな。おれは何を隠そう柔道の有段者だ。しかも……」  ふくみ笑いに背筋が凍りついた。 「寝技のスペシャリストと異名をとった男だ。言わずもがなだが、抵抗すれば無駄に痛い思いをすることになるぞ」  とん、と背中を押されてよろめいた。そこに膝かっくんを食らえば、ひとたまりもない。  俺は、つんのめった。上体をテーブルの天板に預けて腰を突き出す形になり、その直後、衣ずれが鼓膜を震わせた。時を移さず、背中に重みがのしかかってきた。と、思ったとたん足の間に膝がこじ入れられて、ぐいと下肢を割り開かれた。  それと並行して腕がウエストに回されて、へその下で交叉する。チータが獲物を仕留めるとき以上の早業に、とてもじゃないけれど太刀打ちできっこない。  咲良さんが自ら抱きついてきてくださるとは望外の喜び……などと幸せに酔いしれている場合じゃなかった。速やかにトンズラをかますべきだった。  ベルトに手がかかった。バックルとカギホックがひとまとめに外されたのにつづいて、ファスナーが下ろされた。  スラックスがずり落ちて、足首でたぐまった。

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