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第21話

 指が横にずれた。乳首を捉えて、つまんだ。 「う、ひょおぉおお、っ!」 「素っ頓狂な声を出すな。びっくりするじゃないか」 『びっくりした』というのは、こちらの科白だったりして。くりり、と乳首をひねりつぶされると未知の世界に通じる扉が開き、性の開拓者たちが手招きしてよこすようだ。  この状況は……もしかすると誇張いっさいなしに貞操の危機!? 「暴れられると闘争本能に火が点いて、ついうっかり腕ひしぎ十字固めを極めてしまうかもしれないぞ?」  おっとりした口調に反して、羽交い絞めに盆の窪を突いてくる力は強い。めきめき、と肩の関節が軋む。寝技は大の得意だ、と豪語するだけのことはある。  しゃかりきになって身をよじっても、縦横ともに俺よりひと回り小さな咲良さんがびくともしない。柔術家恐るべし。 「ギブ……ギブ……ギブアップです……」 「素直でよろしい。さて、早瀬を半裸に剝いて下ごしらえはすんだ。では、調理に取りかかるとするか。この……」  股間をまさぐられて、さらに茂みをじゃらつかされた。嘘だろ、マジかよ、咲良さんに失礼だ、セガレよ勃つな! ……海綿体にどぼどぼと血液が流れ込みつつあります。  現実離れした出来事にパニクり、頭の中はわやくちゃだ。女子社員による人気投票で不動の一位に輝く咲良さんが、はたまた爽やかジェントルマンの名を(ほしいまま)にする御方が常軌を逸した行動に出るなんて、悪霊にとり憑かれたとしか思えない。  今しも肉棒を握りとられたこちらとしては、悪霊を応援したいような、反対に陰陽師を召喚して悪霊を調伏してもらいたいような……う~ん、悩ましい。 「たしか星型の口金を取りつけた絞り袋にラズベリーを混ぜ込んだソースを詰めて、土台になるカップチョコに渦巻き状に絞り出すんだったな。早瀬から教わった技術を応用して、この特大のバナナを可愛らしく飾りつけて、そのうえで、ご馳走になることにしよう」    ……そんな楽しい料理教室なら、ぜひとも俺が主宰したい。腕によりをかけて、咲良さんのにデコレーションをほどこしたい。    題して〝咲良悠一朗氏ご乱心の巻〟。かくして夢見てきたものとは全く別の方向に舵が切られた気がするバレンタインイブは、波乱含みに更けていくのでした──。

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