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第35話
すがるような眼差しを咲良さんに向ければ、彼は、さらりとのたまう。
「生クリームを塗った。うちには生憎と潤滑剤などという洒落たものはない。要は、すべりよくする点に主眼を置けばいいわけだ。ならば生クリームは立派に代用が務まる」
なんとなぁく筋が通っているように聞こえても、その実、ハチャメチャな理論だ。俺は返答に窮した。コーヒー味のガナッシュを作るために買ってきてあった生クリームを猥褻な行為に使用したことがバレたときは、乳牛に踏みつぶされて、酪農家のみなさんにぶん殴られても文句は言えない。
唖然呆然のうちに、ぬめりをまとった指が後ろに沈んだ。
「……っ、う!」
「痛いか。何ぶん、ぶっつけ本番ゆえに勝手がイマイチわからない。多少、つらい思いをさせるかもしれないが……」
思わせぶりに言葉を切ると悪辣な笑みを口辺に漂わせて、こう続けた。
「野球をやっていたならバリバリの体育会系だな。で、あれば特訓には慣れているな」
指の関節をぱきぱきと鳴らされると、腹ぺこのライオンが待ちかまえる檻に放り込まれたインパラに転生したような気がして、身の毛がよだっちゃうんですけれど……。
すんすん、と洟 をすするような精神状態にある間も指は驀進 する。内壁を押し分けて一路、秘道を遡っていく。
咲良さんの指はなよやかだし、爪も短めに切りそろえられているとあって、案に相違して痛み自体はそれほどひどくない。ただし異物感は強まる一方だ。脂汗がにじみ、にもかかわらずムスコはぎんぎんに勃ちあがり、呆れるやら、逆に感心するやら……。
どろんこになって白球を追いかけていた昔、ピッチャーライナーを捕りそこねて小指の骨を折ったことがある。病院で鎮痛剤が処方されたさいの例に鑑みれば、
「うれしい誤算だ。早瀬のここは柔軟性に富んでいて、喜び勇んで人差し指も呑み込む勢いだぞ」
淡々と行なわれる実況中継に眩暈に襲われた場合は、気をまぎらせてくれるものを欲するのは人として当然のことだ。
第一、大の男がイニシアチブを握られっぱなしじゃ立つ瀬がないじゃないか。幸か不幸か咲良さんは掘削工事という名の前戯に没頭していて、俺の上半身に対する注意力は散漫になっている様子だ。よぉし、この隙に……。
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