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第1話

俺が働く町工場の若社長は、昭和的俺様な人だ。「法律は俺!」とばかりに横暴だし、パワハラモラハラし放題。 まだ三十にして、コンプライアンス糞くらえに我が道を突きすすむのが、案外、周りの受けがいい。いちいち世間様にお伺いを立てたり、法的に「これはだめだ」「あれもだめだ」と雁字搦めになるのに辟易としている人らは、昭和臭ぷんぷんな社長を見て、懐かしくも、すかっとするのかもしれない。 いけいけどんどんに時代の流れに逆らう若社長だけに、一日中、口から放さないほどの、ヘビースモーカー。分煙するのが当たり前な今時も、なんのその、営業部に据えたデスクで、煙を吐いて絶えない。 おかげで、とくに営業部の部屋はやに臭くて、初めて入室人なんか、ぶっ倒れそうなレベルだけど、慣れてしまえば、どってことない。仕事をするときは作業着で、会社が毎日、クリーニングにだしてくれるし、シャワー室もあるから洗い流して、匂いを残さず外回りや帰宅ができるし。まあ「副流煙で死ぬ!」と恐れおののくような奴は、ほぼ初日で辞めるし・・・。 そもそも、若社長に進言できる怖いもの知らずはいなく、営業部の煙たさは放っておかれたものの、ある日のこと、経理の新人が訪問。「すみません、若社長、お話があるのですが」と顔をしかめつつ、入出してきて、でも、我慢ならなかったらしい。本題に入る前に「煙草、やめてください」とド直球に訴えた。 「ああ?」とVシネばりに凄んでみせ「どーして?」と鼻を鳴らす。「健康に悪いとか、従業員が可哀想ってえなら、受けつけねえぞ」と煙を吹きかけるも「そんなこと、どーでもいいです」と冷ややかな経理の新人くん。 「営業部の人らをやに臭くするなんて、経費的に無駄遣いなんですよ。匂いを落とすのに、クリーニング代がかかるし、シャワーをよく使うから、水道代もかかる。 部屋が汚れるとなれば、改装が必要になりますが、とても今の経営で、そんな贅沢な経費を捻出できません。ついで、このキャバクラの接待は、経費で落とせません」 そりゃあ、営業部は心臓を凍りつかせて、昭和的俺様の噴火にかまえたが、なんということでしょう。深く眉間の皺を刻みつつ、若社長は煙草を吸殻入れに押しこんだ。 「分かればよろしい」とばかり顎をしゃくった経理の新人は、キャバクラの経費についての紙を渡さず、持ったまま退室。「今回は一歩譲った若社長に免じて、経費について目を瞑ります」ということなのだろう。 といっても、俺様で中毒な若社長だから、経理が去って五分後にはスパスパ。翌日、また経費について文句をつけにきた新人を前にして、煽るようにスパスパ。 顔を険しくしつつも、新人君はやめろと直談判せず「口寂しいときは、この飴、いいですよ」と大量に入った一袋を置いていった。「こんなのいるか」と放ることなく、飴を舐めつづけた若社長は、その間、煙草を咥えず。ただ、舐めるスピードが早すぎて、あっという間に一袋完食し、またスパスパ。 経費について、しょっちゅう営業部に討ち入る新人は、そのたび、飴、ガムなどのお菓子を持参。「禁煙しろ」と頭ごなしに云っても、埒がないとして「煙草より、こっちのほうがいい」と思うよう誘導する作戦らしい。 対して、いつもは「こんなもん、いるか!」と投げ返す若社長が、差しだされるものを律儀に食べつくす。なくなれば、すぐスパスパとはいえ、経理の新人と攻防するさまを見て、周りは思ったものだ。「ああ、社長、結構、彼のこと気に入っているんだな」と。 「俺だって、煙草やめてって云ったのに・・・」 会社の屋上で柵にもたれて、ぼやいたら「なあに、ふてくされてんだ」と頭を叩かれた。後頭部を押えながら、振りかえれば、両ポケットに手を入れる若社長。また、経理の新人にお菓子をもらったのか、口をもごもご。 「俺はあいつと違って、心から心配しているのに」「先代が肺がんで亡くなったから、同じ目にあってほしくないのに」と訴えたいことは山ほどあれど。「俺のほうが先にお気に入りになったのに」となんだかんだ嫉妬しているだけとの自覚もあるから「べつに」と顔を背ける。 思わせぶりに、気を引こうとしても「あっそ」とむしろ白ける人だから、かまわず去っていくかと思いきや、にわかに肩をつかまれ、強く引かれた。上体をひねると、下唇に人差し指を置かれて。 「まさか」と目を閉じそうになったところで、口の隙間から、小さい棒状のものが差しこまれた。煙草かと思ったのもつかの間、じんわりと甘さが口内に広がって。 「なんですかこれ」と顔を上げようとしたのを、大きな手で頭を押さえつけられ、くしゃくしゃ。乱れる髪をかき分けるうちに、若社長の背中は階段に消えていって。 あらためて、口に咥えるのを見れば、煙草のような白い棒状のお菓子。「今日の経理の新人のお土産はこれか」と苦々しいようで、先の若社長の悪戯を思い起こせば、頬を熱くしてしまう。 唇に触れた、やに臭い指の味と、お菓子の味が混じったほろ甘苦さに、胸が疼いてしかたなかった。

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