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第8話

「退屈してたんじゃない?」 声を掛けられて、俺は首を横に振る。 ヤバイ……、俺の「はじめちゃん」が全くもって鎮まらない。 ここは何か、萎える事を考えなければ……。 クッションを抱き締め、あれこれ考えようとするんだけど…… 「ごめんね。慌てて上がって来たから、白衣着たままだった」 なんて言いながら、欲望の対象者が目の前で白衣を脱ぎ出した! ダメだって! 確かに白衣の下には服着てますよ。 でも、その脱ぎ方……。 肩から白衣が落ちて、ゆっくりと白いシャツにアイスグレーのスラックスが見えた。 ウエストからお尻のラインが、殺人的過ぎる。 堪え性の無い「はじめちゃん」が、バキバキになってもはや痛い! 「か……、帰ります!」 慌てて立ち上がって叫ぶと 「え?」 って、高杉様が驚いた顔で俺を見上げた。 「ち……ちょっと待って!」 慌てて止める高杉様の腕にバランスを崩し、俺はソファーに高杉様を押し倒す形で倒れ込んでしまった。 目の前には、夢じゃない本物の高杉様の顔がある。 夢よりも肌がすべすべで、透き通るような白い肌だった。 漆黒の瞳が、黙って俺を見上げている。 その時、脳裏を過ぎったのは (これが最後のチャンスなのかもしれない!) だった。 俗に言う、ラッキースケベだ! これを逃したら、もしかして俺は永遠に処女かもしれない。 男なんて、ちょっと擦って咥えれば勃起する生き物だし! それを突っ込めば、脱処女になる訳だ! 好きな人との思い出を胸に、俺は残りの人生を生きていける。 ……後から思えば、そんな都合の良い話がある訳が無い。 でもこの時の俺には、元気100倍の「はじめちゃん」のせいでまともな考えなんて思いつかなかった。 後から悔やむ事になるとも知らず、俺は目の前の美しい顔に両手でそっと触れた。 触れたら冷たいんじゃ無いかと思っていた頬は温かく、触れて見たかったほくろを親指で撫でた。 あぁ……この人は、なんて綺麗なんだろう。 そう思って唇に触れようと顔を近付けた瞬間、『ドカっ』と腹部に膝蹴りを喰らった。 俺はそのまま、ソファーの下に崩れ落ちる。 「ゴホッゴホッ」 と咳をしていると、高杉様は身体を起こして「お人好しのチキン野郎かと思ったのに、とんだ野獣だな」 と言って、俺を見下ろした。 「お前さ、強姦未遂も犯罪って知ってる?」 俺を見下ろし、高杉様が呟く。 冷えた頭で、自分がした事に青くなる。 「すみません」 土下座をすると 「大体、どいつもこいつも、人の顔を見たら突っ込む事しか考えられないのかよ!」 そう吐き捨てられて 「あ!」 と叫んでしまった。 「なんだよ、言いたい事があるなら言えば」 俺を見下ろす高杉様に言われて 「いえ……」 土下座したまま俯くと、突然、胸ぐらを掴まれて 「ウジウジされるの、嫌いなんだよね!大体、毎週土曜日に声を掛けて来る訳でもなく、ずっと僕の顔を物欲しそうに見てたくせに!」 そう言われて、やっぱり気付かれていたんだ…と落ち込んで、床に着いていた手を握り締めた。 「何?言いたい事があるなら、ハッキリ言えよ!」 怒鳴りつけられて、思わず 「抱こうなんて思ってない!抱かれたかったんだよ!」 そう叫んでいた。 思わず叫んだ後、唖然とする高杉様の顔を見て、やってしまったと再び落ち込む。 すると 「プッ」 と吹き出して、高杉様が大爆笑をし始めた。 「抱かれたい?僕に?きみが?」 そう言うと、再び笑っている。 「笑い過ぎてお腹痛い」 お腹を抱えて笑う高杉様の笑顔が綺麗で、俺も思わず微笑んでしまう。 すると涙を拭いながら 「あ~、こんなに笑ったの久しぶりだよ」 そう言うと、俺に顔を近付けて 「面白かったから、強姦未遂は多めに見てあげるよ。その代わり……」 と言って微笑んだ。 「そ……その代わり?」 生唾を呑んだ俺に 「お前、今日から僕の下僕ね」 そう言ってにっこり微笑んだ。 この日から、俺は高杉創さんと下僕契約が取り交わされたのだった。

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