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(3)摩天楼の天使

 ワームホールを抜けた先に広がっていたのは、宇宙からも人工の灯りが眩しい、巨大な惑星ヒューリだった。  奇跡的に、今はもう枯渇した人類発祥の故郷、かつての地球とほぼ同じ環境を持ち、人類が移り住んでから三百年が経っていた。  ヒューリの輪郭線を縁取るようにして明るく、日が昇る。地球と同じ環境を可能にしている、恒星の放つ光だった。  宇宙港には、無数の宇宙船が係留している。  ラドラムたちもアーダムから頂戴したシルバーの船をドッキングし、早速船の改造屋(カスタマイズ・ショップ)に連絡を取っていたのだった。  男たちが、幾分女性に当たりが柔らかくなるのは地球時代から変わりがなく、通信士はマリリンが船医と兼務している。  この惑星で一番大きいカスタマイズ・ショップに回線を開くと、禿頭の男が映話画面に映し出された。 「こちら、ブラックレオパード号。船のカスタマイズを頼みたいの」 『修理はなしか?』 「ええ。カスタマイズだけ」  男は送信された船のデータを見て、感嘆の声を漏らした。 『こいつは……最新式じゃないか。一体、何処を直したいんだ』 「ボディを、漆黒(マットブラック)にしてほしいの。それから、艦橋にベビーベッドを一式」 『塗りなおすなんて、贅沢だな。完全に乾くまで、少しかかるぜ』 「構わないワ」 『じゃあ、引渡しは十五時で』 「頼んだワネ」  通信は切れた。 「プラチナ、またこの船がブラックレオパード号になるぜ」  ロディが、キャプテンシートの高い背もたれに手をかけて立っているプラチナに声をかけると、彼は振り返って人工眼球の目元に微笑みを湛えた。 「はい、ロディ。とても嬉しいです」  そして毎度のごとく、キャプテンシートで眠っているラドラムに声をかけた。 「ラドラム。宇宙港にドッキングしました」 「ん~……」 「ラドラム」  合成音声だけだった時よりプラチナは優しく囁いて、ラドラムの肩を揺する。 「ああ……サンキュ、プラチナ」 「どういたしまして」  マリリンが、やや目を丸くしてそれを見て、ロディに耳打ちした。 「何か、本当にお母さんかコイビトみたい……」 「シッ。俺はまだ、ラドに殺されたくねぇ」  ラドラムはタッチパネルから足を下ろし、大きく伸びをした。 「さて、じゃあ久しぶりに都会を楽しむか」  そこへ、マリリンが弾んだ声をかけた。 「ラド、占いって好き?」 「占い? 興味ないな」 「さっき調べたんだけど、この惑星に汎銀河系でも有名な、よく当たる占い師(フォーチュン・テラー)がいるの」 「どうせエスパーが、ウマイコト言って高い金ふっかけてるだけだろ」  マリリンはぷうと頬を膨らませた。 「もう! 夢がないワネ。占いだと思うから、楽しいんじゃない」 「女はそういうの好きだよな。恋占いとか、結婚占いとか」 「良いじゃない、ロディ。運命の人が分かったら」  キャピ、と胸の前で手を握り合わせて、マリリンは満面の笑みで言った。 「どの道、十五時まで船を出なくちゃいけないのヨ。良いデショ? ラド。みんなで行きマショ」 「何で俺たちも一緒なんでぇ」 「またマリリンの、ホラーハウス体質か」  キャプテンシートからおりて、ミーハーなクルーにウンザリといった顔をする。 「せっかくこの惑星に着いたんだから、観光しましょうヨ!」 「ラドラム。私も興味があります」 「プラチナが?」  ラドラムが頓狂な声を出した。 「大丈夫か、お前。どっか壊れてるんじゃないのか」 「私も、人間のもつ確率と蓋然性の計算が見てみたいのです。私たちA.I.も計算をしますから」 「ん~……」  マリリンのキラキラとしたラピスラズリの瞳が見守る中、ラドラムは腕を組んで考えた。 「……仕方ない。付き合ってやるよ」 「良かったぁ。プラチナ、楽しみましょうネェ」 「はい、マリリン」  およそ楽しそうでもない声音が答えたが、マリリンは気にしなかった。  代わりにロディが、愉快そうに揶揄する。 「コブ付きで恋占いか。フォーチュン・テラーが答えに困らなけりゃいいが」  惑星ヒューリに着いたらすぐ受け取れるよう、通信販売で買っておいたフード付きのベビー服をキトゥンに着せているマリリンに、ロディが笑う。 「まっ。シングル・マザーだって幸せになれるのヨ。男ってホント考えなし! ……アラ、ちょっときついカシラ。大きめを選んだ筈だけど」 「育ったんじゃねぇのか?」 「そんなに早く大きくならないワヨ」  キトゥンはマリリンにすっかり懐き、本当の|母娘《おやこ》のようにリラックスして、巻いた赤毛を引っ張ってはダァダァと笑い声を上げていた。 「……これでよし!」  フードを被せると、キトゥンは普通の赤ん坊になった。指をしゃぶって、機嫌よくマリリンにしがみ付く。 「じゃ、降りるか」  赤道直下、降りる先は常夏だった。一同も思い思いに装いを変えて、惑星ヒューリに降り立った。     *    *    * 「……来た」  四百二十階建ての超高層ビルの最上階、仄明るい間接照明の小部屋で、透明な球体を覗き込み、まだ幼いと言ってもいい少女は呟いた。  そのアメジストパープルの瞳は何か景色を追うように、球体の上を上下左右に細かく動いている。  色素の薄いブロンドは華やかに生花で飾られ、金糸銀糸のローブがよく似合う、美しく儚げな少女だった。 「三人……いえ、もう一人……子供かしら。それからこれは……アンドロイド? 彼らが、あの人を探してくれる……」  傍目には少女の顔を映し出しているだけの球体だったが、彼女には確かに何かが見えているようで、そう呟いて球体に手をかざした。 「プロト……早く会いたい」     *    *    *  一行は、久しぶりの都会を、存分に謳歌していた。  ラドラムは側を離れないプラチナと共に服選び、ロディは酒場でナンパ、マリリンはキトゥンを抱いて美容室でカットにネイルにメイクと大忙しだった。  集合時間は、中華街(チャイナタウン)の前に十二時。  全員で昼食を摂った後、件のフォーチュン・テラーに会いに行く約束だった。 「プラチナ、何か欲しい服あるか?」  アーダムのお陰で景気はいい。カートに沢山の服を乗せて後ろを着いてくるプラチナに、ラドラムは声をかけた。  ラドラムは、黒いタンクトップに明るい茶色の革ジャケットを羽織り、ダメージジーンズを履いている。  先の仕事で温度調整センサーの壊れた上着は捨て、新しいものを早速着ているのだった。  日差しは暑く、街路樹には南国の果実をつけた木立が続いていたが、ジャケットのクーラーで快適に過ごせている。  プラチナは、身体のラインに沿うハイネックのカットソーにスラックス、革手袋、ブーツ、どれも黒ずくめで、唯一出ている首から上の肌だけが白かった。 「いえ。私の服は、着脱は出来ますが、丈夫なデフォルトの装備です。着替える必要はありません」 「そうか? 飽きないか?」 「『飽きる』という概念は、私にはありません」 「そうか。年中無休で船の操縦してるもんな。プラチナに飽きられたら、困っちまう」 「ええ。大丈夫です、ラドラム」  ラドラムは、プラチナを見て微笑んだ。  プラチナがメールタイプだと知った時はショックだったが、慣れという感性を持っている人間であるラドラムは、これまでの記憶を共有する友として、プラチナを受け入れてしまっていた。  そんなラドラムに、プラチナは親愛の情を隠すことなく着いていく。  不思議な均衡の関係だった。  当たり前のように大量の荷物を引き受けるプラチナに、ラドラムが思わず気遣う。 「悪いな。重くないか?」 「私の積載重量は、通常モードで約十トンです。心配は無用です、ラドラム」 「そうか。そうだよな。サンキュ、プラチナ」 「どういたしまして」  瞳が人工眼球であるという事以外、外見からはアンドロイドと少しも感じさせないほど、プラチナのA.I.は成長していた。  船のボディは新しく乗り換えてきたが、爺様の代からA.I.は変わっていないと、ラドラムは行方不明の父ミハイルに聞いた事があった。  いったいいつから、プラチナは、プラチナなのか。  不意に沸いた疑問を訊ねようとしたが、人ゴミの中で突然誰かに手を握られ、ラドラムは驚いて立ち止まった。 『聞いて』  ざわざわと蠢く雑踏の中にあって、その呟きは、一瞬シン……とした頭の中に直接響いた。  接触テレパス。  ラドラムは一つの可能性に思い当たったが、振り返って、手を握っているのが身長一メートル余りの七~八歳の少女だと知って、仰天した。 『時間がないの。聞いて頂戴』  その、子供とは思えない切迫した声音を聞いて、ラドラムはそのまましゃがみ込み、明るい声を出した。 「どうした? 迷子か?」 『これの持ち主を探して。会いたいの』  ローブの中から、白い布に巻かれた拳大の包みが差し出された。  ラドラムはそれを素早く受け取ってジャケットの内ポケットにしまうと、絶望の中に一縷の希望を見出したような、酷く疲れた瞳を覗き込んで囁いた。 「努力しよう」  大きな瞳を一度瞬いて、少女は儚く微笑んだ。 「シーア! シーア!!」  途端、雑踏の向こうから、怒声に近い男たちの叫びが上がった。 『行くわ。お願い』  そう最後に残して、少女はふいと手を離し、叫びの方に消えていった。 「ここよ!」 「シーア! 駄目じゃないか、こんな所で車を降りたら。命の保障は出来ないと言っているだろう!」 「ごめんなさい。綺麗なペンダントがあったから……」 「幾らでも、カタログから選べばいい。もう絶対にはぐれるな」  そんな会話が遠ざかっていき、やがて高級なホバーカーが駐車場から飛び立つのが見えた。  ラドラムはそれを見上げ、ぽつりと訊いた。 「プラチナ。今、何時だ?」 「十一時四十二分十六秒です」 「よし、いったん船に帰って荷物を置いてこよう」 「ラドラム、それでは待ち合わせ時間に遅れてしまいます」 「構わない。それより、面白そうな事があった」  宇宙港に向かって早足に歩き出すラドラムに着いていきながら、プラチナは不思議そうに言った。 「面白い? 超能力(E.S.P.)反応がありましたが」 「ああ。依頼を受けた。……と言うか、一方的に頼まれたんだが、子供にあんな目をさせる『事情』ってヤツに興味がわいた」 「便利屋を、続けるのですね?」 「そうだな。もう働く必要はないくらい金は持ってるが、生まれた時からの家業だからな。血が騒いで仕方ない」  肩越しに振り返って片頬を上げると、プラチナもつられるように微笑んだ。 「そうですか。私も、そう考えていた所でした。荷物持ちも出来ますが、もっと貴方を助ける事が出来ます」  二人は揃って、宇宙港のドックに入っていった。     *    *    * 「入れない? 俺の船だぞ」 「だから、完全に乾くのにしばらくかかると言っただろう。今塗ったばかりだ、職人として、誰も入れさせないぞ」  新・ブラックレオパード号は、その名に相応しく美しい漆黒のボディに生まれ変わっていたが、入り口の前に禿頭の男が立ちはだかり、頑として道を譲らないのだった。 「荷物なら、ロッカーに預けるんだな」  生まれてからずっと、ボディの交換はミハイルが行ってきたから、こんな事態に陥るとは、想像もしていなかった。  頑固親父は、腕を組んで睨み付けている。ラドラムがまだ若いので、一睨みで御せると思っているのだろう。  だが男の言はもっともで、ラドラムは口論する愚を犯さなかった。 「分かった。悪かったな。また出直す」 「分かればいいんだ」  男はいからせた肩の力を抜いて、ラドラムたちを見送った。 「プラチナ。一番近くのロッカーは何処だ?」 「ここからだと、宇宙港を出て南に百二十メートルの所に、大型ロッカーがあります」 「ああ、そうだな。大型じゃないと入らないな」  その時、ウェアラブル端末が小さな電子音を立てた。 『ちょぉっと、ラドォ。何処に居るのヨ。もう十二時ヨォ』 「ああ、悪い。荷物が嵩張ってな。ロッカーに預けてから行くから、あと二十分待ってくれ」 『ロディもまだなのヨォ。急いで来たアタシが馬鹿みたい!』  マリリンの声が、不機嫌に間延びする。 「悪い悪い。後で、な」  通信を切って、ラドラムはマネーカードを取り出した。  アーダムから頂戴した現金は、山分けして口座に移してあった。取引の痕跡を残さない為に、現金を引き出させたのだ。  そしてプラチナと手分けして、荷物をロッカーに入れていく。  大型ロッカーいっぱい、崩れそうなほどにそれは何とかおさまった。 「ラドラム。このままチャイナタウンに向かえば十分未満で着きますが、何か他にやる事でも?」 「鋭いな、プラチナ。ちょっと来い」  そう言うとラドラムは、賑やかな大通りを外れて何層にも重なった惑星の下層行きのエレベーターに乗って、プラチナを手招いた。 「ラドラム、地下はスラム街です。犯罪に巻き込まれる確率が、高くなります」  着いていきながらも心配そうに言うプラチナに、ラドラムは一つ笑った。 「ああ、分かってるよ。なるべく人通りの少ない所を探してんだ」 「それでしたら、こちらの路地へ」  やや強引に、プラチナは地下一層に着いた途端、一本の路地にラドラムを押し込んだ。  奥へ行くほど、犯罪の発生率は高くなる。彼なりに、ラドラムを心配しての事だろう。 「何をするんですか、ラドラム」 「……これだ」  ラドラムは、ジャケットの内ポケットから、拳大の布包みを取り出した。先ほど少女から渡されたものだった。 「何だと思う?」  だがその問いは答えを期待してはいないようで、すぐに包みを開きだす。  拳大のそれは──文字通り『拳』だった。 「うおっ」 「男性の左手、ですね」  驚くラドラムとは対照的に、プラチナは冷静に分析する。 「どんな依頼だったんですか?」 「これの持ち主を探して、だ。つまり、この手がくっ付いていた筈の人間を探せばいい訳だが……」  言いよどむラドラムに、プラチナが促した。 「何か問題でも?」 「確か、シーアと呼ばれていたな。分かってるのはそれだけだ。見付けても、誰に知らせればいいか分からない。秘密裏に頼まれた仕事だから、『シーア』って名前を片っ端から当たる訳にもいかないし」 「付着したDNAを、住民データと照らし合わせてみましょうか?」 「ああ、そうだな。頼む」  プラチナはそれを受け取って、色んな角度から掌を見詰める。人工眼球の中では、付着物を探して十字の視点がグリーンに点滅して彷徨ったが、何も発見する事は出来なかった。 「付着物はありません」 「そうか……どうしたもんか」  プラチナは、力任せに引き千切られたような、手首の切断面に触れる。 「ただこの手のDNAから、持ち主について分かった事があります」 「お、何だ」 「カイン・ベルナール。惑星イオテス出身。宇宙歴百六十八年七月三十日生まれ。宇宙歴二百四年六月九日死亡。画像データはありません」 「死亡? 二百年も前の手には見えないけどな」  プラチナは一度瞬いて、サーチモードを終了させた。 「はい。簡単な防腐処置はされていますが、少なくともこの手が持ち主と離れたのは、十年以内と推測されます」 「……クローン? それも違法の?」 「はい。いわゆる『クローン法』で、医療機関の特別許可のないクローンは、禁止されています。カイン・ベルナールは、その許可を受けていませんでした」  顔の下半分を掌で覆って、ラドラムは考え込む。 「違法クローンなら、探し屋(サーチャー)でなく便利屋(俺たち)に頼んだのは納得がいくが……」 「ラドラム。人が来ます」  狭い路地の入り口から、ラドラムたちを眩しい閃光が照らし出した。咄嗟に、プラチナがラドラムを抱き締める。 「何をやっている!」  逆光だったが、プラチナには連邦警察のバッジが見えていた。 「何でもねぇ。これからお楽しみなんだから、邪魔しねぇでくれよ」  背を向けラドラムを庇いながら、プラチナはゆっくり振り返ってニヤリと笑う。メタリックな人工眼球が光をきらりと反射した。 「ああ、こいつは俺のセクソイドだ。ムードを壊さないでくれ」  ラドラムがプラチナの腕の中で言うと、男は顔を顰めて忠告した。 「こんな所でヤる気か? 身ぐるみ剥がれても知らないぞ。せめて屋内にしろ」 「ああ、もちろんだ。ちょっとキスしてただけさ」  プラチナが追い払うように手の甲を振ると、男は顰めっ面のまま、無言でライトを引っ込めて去っていった。  路地裏は、元の薄暗さに戻った。 「もう大丈夫です。ラドラム」 「危なかったな。……離せ」  ラドラムを抱き締めたままのプラチナに、ややつっけんどんに苦情を入れる。 「あ……すみません。心地良かったので、つい」  その言葉に、ラドラムが頬に汗を滲ませた。 「あのな……」 「何ですか、ラドラム」 「……何でもない」  複雑な表情で、ラドラムは瞑目した。  だが、ふと顔を上げてプラチナを見る。 「よくあんな出鱈目が咄嗟に出たな」 「先日のロディの会話パターンを、応用しました。違法クローンの一部を持っていると連邦警察に知られたら、厄介なので」 「ああ、よくやった、プラチナ」 「どういたしまして。ラドラム、すぐにチャイナタウンに向かわないと、また約束の時間を過ぎてしまいますが」 「そうだった。マリリンの機嫌を損ねたら、長引くからな」  ラドラムは、プラチナから『手』を受け取ると、元通り布にくるんでジャケットの内ポケットにしまった。  二人は上層行きのエレベーターに乗って、チャイナタウンを目指した。     *    *    * 「プラチナ。ラドが何分遅刻したか、計算して頂戴」 「十八分二十三秒です」 「アタシは、十分前から待ってたのヨ! 十分前行動! 徹底して頂戴」 「まあまあ。悪かったよ。そのネイル、綺麗だな」  頭から湯気が出るかと思うほど怒っていたマリリンだが、ラドラムが、華やかな南国に似合うとりどりの原色のネイルを誉めると、途端に相好を崩した。 「アラ。分かる? 今ヒューリで流行ってる、最新ネイルなのヨ」  ラドラムは分かりやすいおべっかだったが、ロディは女心をくすぐる台詞を並べてみせた。 「新しいワンピースの柄とも合わせてるよな? それに、髪も少し染めただろ。よく似合ってるぜ、マリリン」 「アラ、ありがと、ロディ。アンタ、意外と気が付くのネ」  ロディも五分ほど遅刻したが、これでいっぺんにマリリンの機嫌はよくなった。  女と見れば雌猫でも口説くロディの、特技の一つがこれだった。  ラドラムとロディは瞳を見交わして、共犯者の色で口角を上げる。 「あ~、怒ったら余計お腹が空いちゃったワ。早く行きマショ!」  一行は、朱色に塗られた門をくぐり、惑星ヒューリの観光名所にもなっている、広大なチャイナタウンに入っていった。  店は、マリリンが決めた。大昔のチャイナスタイルで、回るテーブルの上に、大皿が幾品も並ぶ。  プラチナとキトゥンは食べない、あるいは食べられないが、共にテーブルを囲んで、賑やかなランチとなった。 「で? ナンパは出来たのか、ロディ」 「それがよ、守備よくいってると思ってしっぽり飲んでたら、旦那が現れやがってよ」 「何だそりゃ。美人局(つつもたせ)か?」 「そのつもりだったらしいな。反重力グローブでグラスを握り潰してみせたら、慌てて逃げていったけど」 「はは、ロディが失敗するなんて、珍しいな」 「それが、とびきり良い女でよ……」 「ア……ア……」 「キトゥン、アンタはまだ駄目よ。お腹壊しちゃうワ。欲しいなら、ミルクをあげる」  マリリンの膝の上から、蒸し餃子に手を伸ばそうとするキトゥンを制し、彼女はマザーズバッグを開ける。 「……いえ」  すると、黙ってテーブルを囲んでいたプラチナが、ふと声を上げた。 「なぁに? プラチナ」 「キトゥンは、すでに食べ物を消化する能力を備えているそうです。それが食べたいと言っています」 「え? だってまだ、一ヶ月ヨ? 離乳食も作ってないし、いきなり固形物なんて……」 「大丈夫だと、キトゥン本人が言っています」  ラドラムが身を乗り出した。 「そう言えば、プラチナ。前もキトゥンの心を読んだな。俺たちが聞こえないのに、何でお前に聞こえるんだ?」 「すみませんラドラム、データ不足で不明です」 「キトゥン。俺には、駄目なのか?」  接触テレパスの可能性を考えて、小さな手を握ってみる。 「ダ……ウア……」  しかしラドラムには何も感じられず、代わりにプラチナが答えた。 「地球発祥の人類とは、『相性』が悪いようです。テレパシーの聞こえない私に聞こえるという事は、何らかの電子的周波数を発している可能性があります」 「ふぅん……凄いな、キトゥン」  ラドラムの差し出した人差し指を握って、哺乳瓶をしゃぶるように口に入れると、チリリと痛みが走った。 「いてっ。……歯が生えてるぞ」 「えっ!? 人間だと、早くても三ヶ月目ヨ? キトゥン、イーして」  言われた通り、キトゥンはニカッと笑った。小さな歯がびっしりと揃って生え、糸切り歯は鋭く尖っていた。 「大変! 今日から歯磨き始めなきゃ」 「ほら。やっぱり服が小さくなったのって、育ってるからなんじゃねぇのか。人間くれぇだろ、一人前になるまで何年もかかるの」 「よく分からないけど、とにかく凄いな。キトゥン」  キトゥンは蒸し餃子を手づかみで皿から取り、零しもせずに上手にもぐもぐと頬張っていた。 「旨いか? キトゥン」 「美味しいと言っています」 「メニューの端末見ろ。一ページずつ進めるから、欲しいものがあったら、止めろ」  ラドラムがメニューリストを操作すると、キトゥンとマリリンが、同じページで声を上げた。 「ダ!」 「ストップ! アタシ、杏仁豆腐」 「ア……」 「キトゥンも杏仁豆腐と言っています」  奇妙な通訳を介して、ラドラムとキトゥンの会話は成立していた。 「女の子はスイーツに目がないのヨ。キトゥン、きっと美人に育つワァ」  マリリンが、キトゥンを抱き上げてふさふさの頬と頬を擦り合わせた。     *    *    * 「……来た」  地下三層の光が瞬く一室で、仮眠用の粗悪で硬いベッドに腰掛けて閉じられていた瞼が、きっぱりと開く。  プラチナと同じ、人工眼球だった。癖のある髪は明るいブラウンだったが、よく観察すれば、それは染めたものだと分かっただろう。根元が二ミリほど伸びて、本来の黒髪が覗いていた。  組み合わせた指の上に顎を乗せ、肘を太ももに付き、感情の読めない無表情で呟いたのは、肌のあちこちにメタリックな()()ぎが覗く、アンドロイドともサイボーグともつかぬ青年だった。  だがその青年の容貌よりも、部屋の中の光景の方が異様だった。  小型のモニターが天井まで不規則に積み上げられ、そのどれもが違う街角の風景を映し出している。  その中の一つに、青年は注目した。金糸銀糸のローブを着た少女が、ブロンドの男に何かを手渡す瞬間が見てとれた。 「八十一番、ストップ」  そのモニターの風景だけが、静止する。 「ズーム」  ラドラムの横顔が、画面一杯に拡大された。  それは、この惑星にある防犯カメラの映像だった。無論、ハッキングしたものだ。  一台一台、数秒おきに画像が切り替わって、膨大な量のカメラ映像を全て網羅している。  青年が、 「トラッキング」  と言うと、その中の、ラドラムが辿った軌跡が映像で再現された。  地下一層におりた映像も、プラチナと『手』を見ている映像も映し出された。 「……S-511。何をしようとしている……」  青年はボロボロのローブを羽織って、部屋を出る。  狭かった仮眠室とは打って変わって、そこは白一色のだだっ広い大部屋で、ベッドが幾つも並んでいた。  いや。ベッドというには、シーツも枕もない、ただの台だった。  壁際にずらっと並ぶ円筒形の水槽に、人間になりそこなった胎児の欠片が幾つも入っているのを見れば、人はそれを『実験台』と呼んだだろう。  青年はそこを抜け、地下一層を目指して研究所(ラボ)から出ていった。     *    *    * 「このビルヨ!」  マリリンが男たちを引き連れて、元気に四百二十階建ての超高層ビルを仰ぎ見る。その最上階に、件のフォーチュン・テラーが居るという。  地上からは、空に霞んで最上階は望めなかった。 「凄ぇ……ブルジョアの象徴みてぇなビルだな」 「そうヨ。女の子なら、みんな一度は聞いた事がある筈ヨ。レディ・キューピッド!」 「恋の天使(キューピッド)? 胡散臭さ百万倍だな」  そうすれば見えるような気がするのか、額に手を翳して遥か高みを見上げるラドラムを、マリリンが胡乱な流し目でチラと見た。 「男ってロマンがないワネ~。人生の半分、損してるワヨ。恋占いだけじゃないみたいだから、自分の器でもみて貰ったら?」 「俺の人生だ、他人にとやかく言われたくない」 「失礼だから、レディ・キューピッドの前でそういう事、言わないでヨネ」  一行はエレベーターに乗り、最上階を目指す。階数を示すデジタル表示が、人間の目では認識できないほど目まぐるしく変わり、あっという間に最上階についた。  開いたドアを抜けると、 『天使のお告げ(エンジェルズ・オラクル)へようこそ』  と、合成音声が出迎えた。  薄く透けるドレープカーテンが、幾重にも廊下の奥へ続いているのが見える。  ラドラムから見れば子供騙しだったが、マリリンはそれを『神秘的』と取ったようだった。 「凄いワ……!」 『奥へお進みください。レディ・キューピッドが貴方の未来を占います』  入り口には料金メニューが明記されていて、ラドラムの胡散臭い印象は多少変わったが、どれも一般家庭の月給は軽く超えていて、好印象は持てなかった。  それでも、マリリンがどんどん奥へ入っていくので、つられてノロノロと後を着いていく。  行き止まりには、大きな水晶の珠が乗ったテーブルと、椅子が二脚、並んでいた。 「……お座りください」  今度は合成音声ではない、若い女の声が、カーテンの向こうから聞こえてきた。 「本物のレディ・キューピッド?! アタシ、いつか貴方に占って貰うのが夢だったの!」  マリリンが興奮を爆発させるが、そんな反応には慣れているのか、声は冷静に返した。 「ありがとうございます。どうぞお座りください」 「アタシは恋占いをして欲しいの! それから、プラチナ、アンタも興味があるのヨネ?」  一脚の椅子に腰掛け、隣を差してプラチナに言うが、声は即座にそれを断った。 「申し訳ありませんが、電子脳の方の未来は占えません。私の占いとは、あらかじめ脳に記録されている未来を、垣間見るのです」 「アラ……残念だったワネ、プラチナ」 「その代わり」  声は続けた。 「後ろの、ブロンドの男性の方」 「あ? 俺?」 「貴方は、とても珍しい未来をお持ちです。料金は結構ですから、どうぞお座りください」 「えーっと……」  声が初めて、揺らいだ。微かに笑ったのだ。 「胡散臭いと思っていらっしゃる事も、料金を後から請求されるのではと思っていらっしゃる事も、よく分かります。貴方は心が素直だから、考えている事がハッキリと分かります。お名前は……ラ……ラドラム。ラドラム・シャー。貴方は差し迫って、探したい人がいるのですね。占いましょう」  これには、ラドラムも驚いた。エスパーだとしても、かなり精度のいいエスパーだ。 「何で、無料(ただ)でみてくれるんだ?」  だがラドラムは、まだ占いを受ける気になれなかった。理由は、はなから信じていないからだ。 「貴方の未来に、興味があるからです。では、ミス・マリリン・ボガードを占ってから、決めてください」 「アタシの名前!」 「ええ。貴方は、その子を本当に自分の娘のように思っているのですね。強い母性を感じます。その子を通して、自分には不可能な妊娠・出産を疑似体験しています」 「驚いた……その通りヨ」 「占って欲しいのは、将来のパートナーの事ですね?」 「ええ」  水晶珠が、仄明るく輝いた。 「将来のパートナーに、すでに貴方は出会っています。まだ、ご自分でもその気持ちに気付いていないだけ……。そう遠くない未来、告白をする事になりますが、結ばれるまでには、幾多の困難が待ち受けています。でも、諦める事はありません。困難が多いほど、貴方の愛は燃え上がるのですから……」 「そのパートナーって、いい男?!」  思わず身を乗り出すマリリンに、涼しい声が答えた。 「ええ、好みは様々ですが、十人中八人が好ましいと答えるでしょう」 「年下かしら、年上かしら?」 「……年下ですね。少し諦めの早い所がありますから、貴方がその恋をリードしなくてはなりません。そうすれば、いずれ想いは成就するでしょう」 「聞いたラド、年下のイケメンですって! せっかくなんだから、アンタも占って貰いなさいヨ!」  無意識に腕を組んで心をガードしながら、ラドラムはそれを聞いていた。  占いなどした事がなかったから、果たしてその真意が分からない。  相手が喜びそうな事ばかり言うかと思っていたが、そうでもないらしい。  ロディが、そっと耳打ちしてきた。 「ラド、良いんじゃねぇか? ただだって言うんだから、占って貰えよ。減るもんじゃあなし」  まだ、あの『手』の事はプラチナしか知らない。それを言い当てているような言に、次第にほだされているのは確かだった。 「本当にただなんだろうな」 「ええ。貴方に興味がわいただけなんです」 「じゃあ」  と、ついにラドラムはマリリンの隣に腰掛けた。 「俺が探してる奴が、見付かるのかどうか、占ってくれよ」  また水晶珠が、光を帯びた。 「……貴方が探している方が、五人、見えます」 「五人?」  そんなに探している覚えはないと、ラドラムは声に怪訝を滲ませる。  だがレディ・キューピッドなる人物は、カーテンの向こうから迷いなくスラスラと言葉を紡いだ。 「ええ。一人目は、すぐにでも見付かります。もう一人目は……貴方に探される事を拒否しますが、困難に耐えて立ち向かえば、よい結末を迎えるでしょう。三人目は、貴方も当人も、探す事、探される事を諦めている人物です。思わぬ所から、その人物は見付かるでしょう」 しばしの沈黙が落ちた。 「……残りの二人は?」 「ええ……気を悪くしないでくださいね。私は真実しか話しません」 「誰の事だかも分からないんだ、構わないぜ」 「貴方がかつて求めていた人物は、この世で永遠に見付かる事はないでしょう。それと、かつて貴方が愛していた人物ですが、貴方もその方が近くに居る事を分かっている筈です。でも、現実を否定し、探している。残念ながら、この人物が見付かるかどうかは、今の貴方の脳には記録されていません。貴方の気持ち次第で、未来は変わります」 「分からないなんて占いがあるのか?」 「ええ。未来は、確定ではありません。状況、相手の心理、自分の気の持ちようによっては、大きく変わる事もままあります」 「ふぅん……」  ラドラムは気のない返事をして、席を立とうとした。  だがカーテン越しの声が、それを阻止した。 「それから、近しい未来に、双子座流星群が降り注ぐのが見えます。貴方は、沢山の人生を生き、それに足を取られる事になります。気を付けてください」 「流星群? 具体的に、何をどう気を付けたら良いんだ」  まるで抽象画のような曖昧な物言いに、ラドラムが眉根を顰めるが、声は冷静なまま答えた。 「一つ一つの星に気を取られる事なく、その源、夜空に心を向けてください」 「はあ……何だか、連邦標準語を聞いてる筈なのに、さっぱり分からないな」 「今は分からなくても、いつか分かる時がきます。貴方は、待っていれば良いのです。占いは以上です。貴重な未来を見せて頂きました。私の我がままを聞いてくれて、ありがとうございました」 「年下のぉ~イッケメン~」  マリリンは帰りしな、勝手に作詞作曲して、鼻歌で上機嫌だ。  ラドラムだけが、狐につままれたような顔をして、踵を返した。 『ラドラム!』  だが、不意に呼ばれたような気がして条件反射で振り返ると、カーテンを片手で捲くり上げ、シーアと呼ばれた少女が微笑んでいた。 「あ!」  だが一瞬後には、幻のようにカーテンは重く閉ざされた。 「どうしました? ラドラム」  プラチナだけがラドラムの異変に気付き、カーテンの方を窺って気遣った。  しかしもう、ぼうと見えていたカーテンの向こうの人影は居ない。 『ありがとうございました。お支払いは、マネーカードか連邦ドルでお願いします』  出口では、人工音声が言外にお引取りを願っていた。 『一人目は、すぐにでも見付かります』。確かシーアはそう言っていた。図らずもそれは、今の所百発百中なのだった。     *    *    *  時刻は、すでに十五時を回っていた。  まずはこの依頼があった事を、船内に戻ってからクルーに伝えなければならない。  その事ばかり考えていて、ウッカリ荷物の事は何処へやらだった。 「ラドラム。荷物はあとで取りに行きますか?」  プラチナに指摘されて、ようやく思い出す。  北側の道を通ってきたから、一度宇宙港への入り口をやり過ごし、南へ百二十メートル行かなければ、荷物を出す事は出来ない。 「そう言えば、荷物を預けたって言ってたワネ」 「ああ。プラチナに持って貰うから、お前たちは先に船に戻っていてくれ」 「分かったワ」  マリリンはまだ、作詞作曲した鼻歌を歌いながら、上機嫌に宇宙港へと入っていった。 「ラドラム。先ほど、エンジェルズ・オラクルで何かありましたか? 集中力に欠いているようですが」 「ああ……。見たんだ。レディ・キューピッドは、シーアだ、プラチナ」 「なるほど。彼女には、きっと見えていたんでしょうね。私たちがエンジェルズ・オラクルを訪ねていくのが」 「たぶんな」  マネーカードを取り出し、清算を済ませ、縦横奥行き共に一メートルの大型ロッカーのドアを開ける。  中身が、ゆらりと手前に倒れてくるのが、スローモーションのようにゆっくり見えた。  ──ドサッ……。    身に覚えのない中身に、一瞬、ロッカー番号を間違えたのかと思った。  しかしそれは紛れもなく、悪意をもってすりかえられたものだった。  『それ』に気付いた道ゆく人々が、口々に叫ぶ。 「違法クローン!」  そう、中身は、ラドラムと寸分たがわぬ顔かたちをもった、胎児のように丸まった全裸の『彼』そのものだった。  ハメられた。思った時には、もう遅かった。 「タレコミ通りだ。十五時二十三分、違法クローン所持の現行犯で逮捕する」  都合よく張っていた連邦警察が、極彩色に輝く紐状の手錠で、ラドラムとプラチナの手首を繋ぐ。 「……プラチナ!!」 「はい! 掴まってください、ラドラム!!」  連邦警察支給のこの手錠は、思考パターン認識錠で、力を加えれば三十センチほどのゆとりは出来るが、けして外れぬ事で有名だった。柱にでも繋がれたら、諦めるしかない。  ラドラムの号令に合わせて、プラチナが彼を腕に横抱きにし、周囲を囲む屈強な警官たちに鋭く体当たりを食らわせながら、走り出す。  その姿は、まさしく黒豹のようだった。マックススピードは、百メートルを六秒フラット。 「ロディ、ハッチを開けて、すぐに飛び立てるように用意!!」  ウェアラブル端末に怒鳴ると、修羅場慣れした返事が、短く返った。 『アイサー!』  船の入り口が開ききる前に、プラチナがそこに滑り込んで、直ちにドアは閉められた。  すでに出力いっぱいだったエンジンは、堰を切ったようにエネルギー粒子を噴く。  他の船の入港で、細く縦に閉まりかけていた宇宙港の出口から、ブラックレオパード号はロディの操縦で、そこを縦一文字にくぐり抜けて宇宙空間へと飛び出した。

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