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(5)人間狩り

 惑星ヒューリを出るブラックレオパード号を操縦したのは、銀髪のプラチナだった。 「ラドラム、何処へ向かいますか?」  いつもは遥か高みから発される青年の声音が、低い位置から、少年とも少女ともつかぬ中性的な声音で訊かれる事に、ラドラムは違和感を覚えていた。  元はメールタイプのプラチナに、嫌悪とも言える違和感を覚えていたラドラムだったが、いざこうなってみると、すでに慣れ親しんだプラチナの声が懐かしかった。 「まず、お前のボディを直さなけりゃいけない。近くに、精度がよくて、空いてるアンドロイド修理工はあるか」  だがキャプテンシートに座ってタッチパネルに足をかけたラドラムが、訝しんで顔を上げるほど間があって、プラチナは囁いた。 「……ラドラム。私はこのままでも構いませんが」 「あ?」 「ラドラムがこのボディを見た時、心拍数が僅かに上昇しました。男性が、美しい女性を見た時と同様の反応です。私は……ラドラムが愛してくれる方のボディを選びます」  重大な事をさらりと言って、オリジナルの精悍なプラチナの顔とは違う、何処か蠱惑的な唇で妖艶に笑う。  確かに、初めてこのボディを見た時は、見かけの美しさに惑わされた。  だが今は、そんな表情を見せるプラチナに、今までにない大きな違和感を感じていた。 「馬鹿。お前は、そんな簡単な理由で、自分を捨てるのか」 「簡単ではありません。私にとっては、重要な問題です。貴方が愛してくれるなら、フィメールタイプのボディに移行してもいいと思っています」  ラドラムは、ほうっと息をついた。 「……お前にとっては、ボディにその程度の執着しかないかもしれないが、人間にとっては重要な問題なんだ……」 「では、オリジナルのボディに戻っても、私を愛してくれますか?」  内心、ラドラムは困惑していた。A.I.が、これほど『愛される事』に執着を見せるだろうか。  命じても触れ合ってもいないのに、自分の意思でラドラムの心拍数を計っていた事も、疑問に思えた。  だがプラチナは、笑みを消して、人工眼球の視線をジッと注いでラドラムの答えを待っている。 「プラチナ、ペットたちがお腹空いたって! ご飯出してあげて頂戴」  人間として必要最低限の知識しか入力(インプット)されていないペットたちは、目を離すと好奇心から何をしでかすか分からないので、艦橋は一気に賑やかになっていた。  四人の、ラドラムと同じ顔を持った違法クローンたちは、『ご飯』という単語に反応して、マリリンに群がる。 「待って、待って頂戴。今、プラチナがご飯温めてくれるから」  擦り寄ってくるペットたちに、マリリンはいささか辟易気味だった。動物は好きだが、ブルジョア層に流行りの『人間をペットにする』という趣味は、どうにも理解が出来ない。  しかし、この世に生を受けた命だ。殺してしまう訳にもいかず、取り敢えずは船の中で飼っているのだった。 「はい、マリリン。四人分の食事を温めます」  ラドラムから目を逸らし、同調(シンクロ)している船の艦橋内の調理器に命令を伝達する。  ラドラムがホッとして、マリリンと目を合わせた。  ウインクして、マリリンは目配せする。    惑星イオテスに居た間、閲覧出来なかった星間ニュースを、メインスクリーンでチェックする作業に戻る。  『スペースコロニー、ペガサス・ウィングスに隕石衝突』の見出しが現れたのは、その時だった。 「詳細(ディテール)」  反射的に口をつく。  『スペースコロニー、ペガサス・ウィングスに隕石が衝突したのは、連邦標準時四月九日午前二時二十六分。深夜の為、多くの住民が就寝中で逃げ遅れ、被害は拡大。死亡者一万九千二百一人、負傷者二万三千六百三十二人、行方不明者五千二十九人。連邦政府によると、接近中の隕石が事前に観測されていなかった事から、投石の可能性もあるとみて、事件・事故の両面から調査中……』 「各リストに、ミハイル・シャーの名前はあるか」 『解析中……解析中……現在、死亡・負傷・行方不明各リストに、ミハイル・シャーという名前はありません』  ラドラムは、複雑な表情でその答えを受け取った。  その中に名前がなかった事で、安心する事も出来ない。空虚な思いが、空回りするだけだった。  父ミハイルとは、ラドラムが十七歳の時、ペガサス・ウィングスに立ち寄った際ふらりと出かけて、それっきりだった。  二人きりで便利屋を営んでいた為、充分な蓄えもなく、探し屋(サーチャー)を雇う余裕もない。  それなら、とラドラムは、便利屋の経験を活かし、家業を続けながらしばらく自力で探していたのだった。  そのコロニーが、大破しているという。  おりしも、ペガサス・ウィングスは、アンドロイド・サイボーグ化が進んだコロニーで、優秀なアンドロイド工が沢山居た。  今は、宇宙空間でも作業の出来るアンドロイドが、一体でも多く欲しいだろう。  オリジナルのプラチナを持ち込めば、喜んで修理してくれる筈だった。  艦橋の片隅にテーブルと椅子をせり出させて、ペットに食事を与えているプラチナの小柄な背に、声をかける。 「プラチナ! 行き先は決まった。コロニー、ペガサス・ウィングスだ!」 「はい、ラドラム。ミハイルが降りたコロニーですね」  プラチナは、ミハイルが『行方不明』だという認識が曖昧だ。ただ『降りた』のだと思っている節がある。  ラドラムも、敢えてその言葉を使わなかった。いつかきっと、帰ってくると信じて。  そしていつしか、クルーを抱え、無意識にミハイルを探す事を諦めていた。  今度こそ、手がかりを探し出す。そう密かに決意して、ラドラムはメインスクリーンの記事を紙に出力(アウトプット)してジャケットのポケットにしまったのだった。     *    *    *  コロニー内で一番大きい総合病院の廊下で、リィザ・ウェールは目を覚ました。  辺りはざわざわと人いきれで溢れ返り、鼻先で白衣の裾を翻して、ドクターたちが歩き回っている。  身体中が擦過傷で痛かったが、そんな事よりリィザは、自分が廊下の片隅に横たえられていて、専属のドクターもバトラーも控えていなく、頭上を他人が通り過ぎる事に(いか)って大声を張り上げた。 「ちょいと! あたしの専属医(ドクター)は何処だい? バトラーは? シェフは!?」  その人ゴミの中でもよく通るハスキーな大声に、近くを歩いていた女性看護師(ナース)が、しゃがみ込んで彼女の顔を見て小さく驚きの声を漏らした。 「これは、ミス・ウェール。申し訳ありませんが、隕石衝突事故で、死傷者が多数出ています。優先度順に治療していますので、しばらくお静かにお待ちください」  リィザは、ブルジョア層の集まるこの巨大コロニーの、女帝だった。  『リィザのものは影でも踏むな』  このコロニー内では、本人でさえ知っている教訓だった。  そのリィザが、シーツもない不潔な廊下に放置されているなんて!  彼女は、顔を真っ赤にしてますます声を大にした。 「あたしゃ、リィザ・ウェールだよ! 金に糸目はつけないから、今すぐ清潔なベッドにお運び!」 「ミス・ウェール。死傷者が、四万人を超えているんです。大きな怪我もなく、病院に居る幸運を喜んでください。あまり大声を上げますと、他の重症患者さんの障りになると、外に運び出されてしまいますよ」  そう言うと、まだ年若いナースはサッと立ち上がって行ってしまった。  リィザは顔を真っ赤にしたまま、その顔が見えなくなるまで、アンバーの瞳で追っていた。  病院を出たら、あいつをクビにしてやろう。そう、このコロニーから追い出すんだ!  そう決めて、奥歯をぎりりと噛み締めながら、ヴァイオレットに染めた短髪の下の大きなピアスをシャラシャラと震わせていた。     *    *    * 「こいつは酷い……」  メインスクリーンに映し出されたスペースコロニーは、惨状を呈していた。  ブルジョア層の集まるコロニーの、特に資産家が住む地区を重点的に、いくつも穴が開いている。  周辺には、宇宙ゴミとなった破片が、無数に散らばり漂っていた。  事故から三日が経っていたからか、人の姿は見えなかったが、事故直後には吸い出された人間も宇宙ゴミに混じっていた事だろう。  開いた穴には、誰が考えたものか、小型戦闘機が大量に取り付いて、不時着時のエアバッグやパラシュートを広げ、一時的に塞いでいた。 「思ったより、ひでぇな。まともに動けるアンドロイド工が居るといいけどな」 「今、片っ端から映話してる所。やっぱり、映話が壊れてる所が多いみたいネ」  次の瞬間、ピン、と星間映話が繋がった音がした。 「こちら、ブラックレオパード号。今、衛星軌道上にいるんだけど、大変だったワネ。そちらはご無事?」  しばらくは砂嵐が映るばかりだったが、やがて像を結ぶと、十代半ばの紅顔、と言って良いストレートブロンドの美少年が映った。 「アラ。アンドロイドを直して欲しいんだけど……お店をやっているのは、お父さんかお母さん?」  少し間があった後、 『……僕だよ』  と、返事が返ってきた。 「アラ」  確かに、若くして各方面に突出した才能を見せる天才児は居たが、マリリンは一瞬の間を見逃さなかった。  少年は、その一瞬、目を逸らしたのだ。  女の勘が、それは嘘だと言っていた。 「坊や、嘘は駄目ヨ。緊急事態なのが分かるデショ? アンドロイドを直して、コロニー修繕に役立てたいの」 『……父さんも母さんも、死んだよ。でも僕、父さんの跡を継ぐって決めて、小さい頃からアンドロイドを直してたから、出来るよ!』  少年はムキになってやや声を高くした。 「まあ……それはお気の毒だったワネ」  マリリンが、心底同情して悲しんだ。  だが、プラチナのボディを託すとなれば、話は違う。辛抱強く、マリリンは少年を説得した。 「でも、コロニー事故基金があるワ。そこに連絡すれば、成人するまで無償で面倒みて貰えるのヨ。待って。映話コード、教えてあげる」 『僕、出来るよ!!』  しかし少年は譲らなかった。悲しみより、怒りに近い怒号だった。 「でも……」 「マリリン。代わってください」 「え? ええ……」  通信士の席に、マリリンに変わって銀髪のプラチナが座った。 「私は、pt-56001。この船のA.I.です。私のスペックが分かりますか?」  少年はプラチナを睨み付けるように眺めたあと、迷いなく口にした。 『汎用人工知能Team AGIバージョンに、セクソイド機能をオプションでつけてる。今はセクスレスタイプだけど、本当はオプションなしのメールタイプじゃない? 惑星ソジレ産』 「生産地とバージョンは、私の人工眼球をズームすれば暗号化して記載してありますが、なぜオプションやタイプまで?」 『セクソイド機能をつけると、顎がややさがって、上目遣いになるんだ。でも、貴方は意思の力でそれを抑え込んでいるような感じがするし、語尾の下げ方がメールタイプだから。……でも人工声帯から、しばらくの間、音声を変えてたような、揺らぎが聞こえる』  ロディが、感嘆の声を上げた。 「すげぇな。エスパー並だぜ」 「ラドラム。彼は、アンドロイド工学を、プロフェサー並に熟知しています。彼なら、大丈夫です」 「プラチナがそう言うんなら、間違いないな。任せよう」  両親を十代でなくした自分自身と重ね合わせて、ラドラムは優しい目をして、悲しみを堪えている少年に尋ねた。 「俺は、ラドラム・シャー。名前は?」 『クリスティン。クリスティン・アーガ』 「よろしく、クリス。俺の事はラドって呼んでくれて構わない」 『……うん。ラド』  少し照れたように、映話画面の向こうでもじもじと指を組み合わせるクリスティンに、ラドラムは笑って言った。 「頼りにしてるぜ、クリス。今、お前の所にアンドロイドを一体連れていくから、直して欲しい。砂が入ったらしいんだ」 『だったら、一回全部解体して細かく砂を掃わないと、またおかしくなるよ』 「どのくらいかかる?」 『全部だと、三日くらい』 「分かった。連れていく。前金を払うから、足りない道具があったら、それで買って徹底的にやってくれ」 『……うん。僕……僕、六歳の時に、アンドロイドを解体組み立てした事あるんだ。頑張って直すよ!』  生き甲斐を見付けたクリスティンの顔は、最初に見た時の暗い陰が嘘のように晴れていた。 「ああ、頼むよ、クリス」 『うん、僕、待ってるよ。ラド』  ことさらラドラムは、少年の名前を親しく呼んで映話を閉じた。  両親を亡くして一人で家業を継いで生きていく覚悟をした少年の名前を、親しく呼ぶ友は減るだろう。あるいは、すでに亡くしているかもしれない。 『ラドラム。ご飯が出来ました』  ポンと頭の中に、プラチナの優しい女声が蘇った。プラチナが居なければ、自分の人生は大きく変わっていただろう。  そう思うと、他人事とは思えなくて、ラドラムはクリスティンの名前を沢山呼ぼうと思うのだった。     *    *    * 「リィザ・ウェールはどうなった?」  救難活動の為にコロニーの周りに沢山集まった宇宙船の中の一隻で、『Anti-Human Hunting Organization』、通称『反人間狩り団体(A.H.H.O.)』の副代表ニック・ヴェルスは、コロニー内の同志と星間映話で話していた。  画面の向こうでは、男が苦々しい顔で話す。 『奇跡的に、かすり傷で済んだらしい。病院でも、威張り散らしているようだ』  ニックは天敵の無事の知らせに、顔を顰めた。 「悪運のいい奴だな。ペットはどうなってる」 『被害を受けた地区の最前線にシェルターを作り、今の所三百人強、保護してる。うち約五十人がウェールのペットだ。ウェールの紋章の入った、宝石付きの首輪をしてる』 「何て悪趣味なんだ……」  A.H.H.O.は、『人間をペットにする』、ひいては『人間狩り』に反対する、各主要惑星に支部をおく大々的な組織だった。  連邦法でも人間狩りは禁止されているが、辺境の惑星やコロニーでは連邦の目が届かないのをいい事に、いまだに狩りが行われ、ブルジョア層に売り飛ばす行為が横行している。  A.H.H.O.はそれを監視し、人間狩りで売られたペットを保護し、社会復帰の為の支援を行っていた。  だが一度飼われたペットはよほど意思の強い人間でないと、三食昼寝付きの生活に溺れて自立を拒否する事例が少なくない。  定期的に、散歩されているペットを一斉調査し『人間狩り』にあったペットを保護したり、『人間狩り』を生業としているハンターを通報・摘発したりするのが、A.H.H.O.の活動実態だった。  だが組織が大きくなり過ぎて一枚岩ではなく、何の調査もせず強引に庭先のペットを一方的に保護したり、ペットの飼い主の顔写真を含めたプライベートデータを公表したり、時には飼い主に危害を加えたりする過激派も居て、A.H.H.O.と聞いて眉を顰める者もいるのが現状だった。  ニックは、同志に今後の方針を語った。 「リィザ・ウェールのペットを優先的に保護してくれ。まだまだ居る筈だ。『人間狩り』の証拠をあげて、奴を刑務所送りにしてやろう」 『了解した。引き続き保護を進めるから、物資の調達を頼む』 「ああ」  通信は切れた。  ニックは船のA.I.に命じた。 「A.H.H.O.本部に通信」  ピン、と音を立てて回線がすぐに開いた。 『ヴェルスか』 「はい、代表」 『ニュースはチェックしているが、ペットの事は殆ど報道されていない。状況はどうなっている』 「三百人強を保護しました。被害を受けたのが富裕層の地区な事から、ペット被害もより甚大だと思われます。連邦軍や星間レスキューは、ペットの救出は後回しにしている為、我々はペット優先に救出活動を続けます」 『そうだな。一人でも多くのペットを保護してくれ』 「はい、分かりました」  ニックはメインスクリーンに、コロニーから次々と送られてくる保護されたペットのデータを見ながら、必要な物資や食料の調達の手筈を調えた。     *    *    *  一行がクリスティンの元を訪れたのは、通信から三時間後の事だった。  宇宙港からクリスティンの家まではホバーカーで一時間半ほどだったが、まだ混乱と混雑の続くコロニーにあって、レンタル・ホバーカーを用意するのに時間がかかり、結局店舗から災害を免れた中古のホバーカーを譲って貰って、辿り着いたのだった。  ややこしいが、壊れたプラチナのボディは、長い黒髪のウィッグで変装した銀髪のプラチナが軽々と抱き上げ運んでいる。  惑星ヒューリで、シーアを連れだした事から指名手配される可能性を考えての、安全策だった。 「やあ、クリス。遅れて悪かった」 「ううん。そんなに待ってないよ、ラド」  クリスティンの家は、隕石衝突の衝撃で強化ガラスが吹き飛び無残にひしゃげていたが、頑丈に作られた工場(こうば)は、奇跡のように無傷で残っていた。  これなら、仕事に支障はないだろう。 「これは、前金と見舞金だ。受け取ってくれ」 「えっ……前金は貰うけど、見舞金なんて僕、要らないよ。他にも親を亡くした子が、沢山いるもの」  ラドラムはその高潔なもの言いに、僅かに微笑んだ。 「そう言うと思ったよ、クリス。これは、圧縮食料キューブだ。三ヶ月分ある。これなら、みんなで分けられるだろ?」 「うん。……うん、ありがとう、ラド」  水をかければ食べられる、二センチ角ほどに圧縮された保存食のキューブを入れたレスキューキットを渡すと、クリスティンは手を差し出した。 「あっ、ごめん……汚れてるから……」  男とは握手もしないラドラムが、一瞬逡巡したのに目敏く気付き、クリスティンは自戒して手を引っ込める。  それはほんの一瞬の出来事だったから、あるいはロディが言ったように、何らかのE.S.P.が備わっているのかもしれなかった。 「いや、悪い。お前のせいじゃないんだ。俺は、男とは握手もしない主義でな。でもお前は家族(ファミリー)だ。悪かった、握手してくれ、クリス」  そっとクリスティンが手を差し出すと、力強くラドラムが引き寄せるようにして、両手でそれを包み込んだ。  クリスティンは気恥ずかしそうに、頬を僅かに赤らめる。  手が離されると、その感情を隠すように、すぐに仕事の話を持ち出した。 「直すのは、そのメールタイプ?」 「ああ。プラチナ」 「はい、ラドラム」  声をかけるとプラチナが、壊れたボディを作業台の上に寝かせる。  クリスティンがその瞼を開かせると、まるで人間の診察のようにルーペで人工眼球を覗き込んだ。 「ああ……細かい砂の粒子がついてる。鼻や耳からも、大量に入った筈だ。普通の砂じゃない、フェムトメートル単位の砂だから、きっと奥まで入り込んでるよ」 「三日で何とかなるか?」 「うん。大丈夫だよ。これは、貴方のボディ?」  アンドロイド工らしく、クリスティンはプラチナにも敬意をもって話しかけた。 「はい、クリスティン。私のオリジナルのボディです」 「一部の部品が型落ちだけど、最新にバージョンアップする?」  クリスティンは、ラドラムとプラチナを交互に見て訊ねる。  そう言えば、ミハイルは四~五年に一度、ブラックレオパード号をバージョンアップさせていた。  その時に、ヒューマンタイプのプラチナも、最新式に変えていたのだろう。 「ああ。そうしてくれ。それでいいな、プラチナ」 「はい。バージョンアップすれば、もっと貴方を助けられるかもしれません、ラドラム」 「決まりだ。三日後の夕方に迎えにくる」  そして、やや声を明るくしてクリスティンに声をかけた。 「ところで、昼飯は食べたか? 俺たち、これからその辺で圧縮食料を食べるんだが、もしよかったら、ここで一緒に食べてもいいか?」 「えっ……」  思いがけない申し出に、クリスティンはブラウンの瞳を瞬いた。  三日前から一人きりで、備蓄食を食べていたクリスティンは、頬を紅潮させて頷いた。 「うん。いいよ! 僕、椅子持ってくる!」 「プラチナ、手伝ってやってくれ」 「はい、ラドラム」  ひしゃげた家屋の地下シェルターに続く階段を下っていくクリスティンの後を、プラチナが追っていった。 「寂しかったのネ、やっぱり」 「お前さん、プラチナがヒューマンタイプになってから、丸くなったな」 「よせよ。俺は俺だ。たまたま、昼飯の時間だっただけさ」  ラドラムは嘯いたが、これからプラチナをバージョンアップする時は、彼に任せようと決めていた。  地下シェルターから、二人がリングタイプの簡易椅子を持って上がってくる。  スイッチを押すと、らせん状にリングが伸び、椅子の形状になって止まった。  テーブルは、作業台の一つをやや低くして、みんなで囲む。 「プラチナ。船で待ってるペットたちにも、食事を出してくれ」 「はい、ラドラム。……ご飯です、ワン、ツー、スリー、フォー」  プラチナが艦橋に残してきたペットたちに呼びかけ、食事を温めだした。  圧縮食料を持参した皿に乗せミネラルウォーターをマリリンにかけて貰って、三日ぶりの賑やかな食卓に頬を綻ばせていたクリスティンだったが、その会話を聞くと僅かに眉を顰めた。 「……ペットを飼っているの? 人間?」 「ああ、いや。ちょっと事情があってな。やむを得ず預かってるんだ」  ラドラムが答えると、クリスティンはややホッとしたような表情をした。 「そう。僕の母さん、たぶん人間狩りにあったんだ。凄く綺麗だったから」 「亡くなったんじゃないの?」  マリリンが訊ねると、彼は堰を切ったように話し出した。 「僕が十四の時、母さん、買い物に行ったまま、突然居なくなったんだ。父さんは、僕の誕生日プレゼントを買いに行ったんだから、出ていった訳ない、きっと人間狩りにあったんだって言ってた」  それはラドラムにも共通する状況だった。  『ちょっと飲みに行ってくる』。そう言ってミハイルは出て行き、そのまま帰る事はなかったのだ。 「探したのか?」 「うん。サーチャーを雇って半年探したけど、その内探すのを断られた。死んだと思って諦めろ、って」 「父さんは何て言ってた?」 「父さんも一緒だよ。プロが半年も探して駄目なら、諦めるしかない、って……。僕の前では普通にしてたけど、僕、知ってるんだ。夜、リビングで母さんのホログラム見ながら、父さんが泣いてた事」 「うっ……ぐすっ……」  マリリンが、ピンクのハンカチを目に当て涙を拭った。 「それで父さんも、今回の事故で亡くしたってぇ訳か……」  ロディも悲痛な表情で呟く。  ほかほかと湯気を立てる、戻された圧縮パスタを食べながら、ラドラムは訊いていた。 「この辺じゃ、人間狩りはよくあるのか?」 「いいや。人間狩りは、連邦警察の目の届かない、辺境でやるんだよ」 「だよな」  そこまでは、ラドラムも知っていた。 「でも、たまーにあるんだ。誰かが居なくなっちゃう事」 「初耳だな」 「五年にいっぺんくらい。サーチャーが言ってた。でも何処の惑星やコロニーでも、原因不明で居なくなっちゃう人はいるから、珍しい事じゃないとも言ってた」 「そうか……クリス」 「何? ラド」  ラドラムは、一度皿を置いて、身を乗り出してクリスの肩に手をかけた。 「俺の親父も、このコロニーで居なくなったんだ。お前と同い年くらいの俺を、一人残して。母さんの手がかりにもなるかもしれないから、他に何か知ってる事があったら、些細な事でも聞かせてくれ」 「……」 「どうした?」  困ったような顔をして黙りこくるクリスティンの顔を、ラドラムは覗き込んだ。 「噂はあるけど……」 「どんな噂だ?」  クリスティンは、誰かの目を気にするように、きょろきょろと辺りを見回した。 「僕が言ったって分かったら、僕も居なくなるかもしれない……」 「どういう意味だ? ……このコロニーの誰かが、関係してるんだな?」 「……うん」  小さな声で言って、しきりに周りを気にする。およそ監視カメラも何もかも壊れてしまった、焼け野原のような街並みを。  それほど、クリスティンにとっては脅威の存在なのだろう。  ラドラムは席を立って、クリスティンの元へしゃがみ込んで視線を合わせた。 「大丈夫だ、監視カメラも壊れてる。俺たちにだけ、教えてくれ」 「誰にも言わない?」 「ああ、男と男の約束だ」  それを聞くと、クリスティンは表情を引き締めて、ラドラムを見た。一人前に扱ってくれるラドラムを、信頼したようだった。 「噂なんだけど……」  ラドラムの耳に両手を添えて、秘密は二人に共有された。     *    *    * 「痛い! もっと優しくおし!」 「お静かに、ミス・ウェール。最大限の注意を払っています。ですが、強化ガラスの欠片が太ももに幾つか刺さっていますので、少々痛みます」  何かする度に喚くリィザに、男性看護師(ナース)は、もはや呆れかえって治療していた。場所は、廊下のままだ。  夕方になって治療の順番が回ってきた時、ナースはまずその事に、大量のクレームを浴びせられていた。  重症患者でベッドがいっぱいな事を三十分ほどかかってようやく納得させ、擦過傷の治療をしているのだった。  リィザは、金に飽かせて身体整形を繰り返し、上から九十九・五十八・八十七のダイナマイトボディを、真っ白なホルターネックのボディスーツとニーハイブーツに包み、肉感的な太ももはむき出しだった。  その為、傷は腕と太ももに集中していたが、ラインを維持する為の頑丈なボディスーツに守られた身体は、無傷で済んでいた。 「あたしのドクターは何処だい? それと、バトラー! 痛いっ!!」 「お静かに。貴方はお屋敷の地下に居て、運が良かったんです。隕石の一つは、貴方のお屋敷を直撃したそうですから。使用人の方々は、殆どお亡くなりになりましたよ」  気の毒そうにナースが言ったが、リィザの怒りは頂点だった。 「何だい、高い給料払ってやってるのに、あたしに断りもなく、勝手に死ぬなんて! どういう事だい! ええ!?」  眼光鋭いアンバーの猫目を更に吊り上げて、ナースの白衣の胸倉を掴むに至っては処置なしで、太ももに被覆テープを巻き終えると、 「あとは一日に一回、被覆テープを巻き直すだけで結構です。他の患者さんが来ますので、場所をあけてください」  と、ガタイのいいナースに無理やり立ち上がらせられ、杖を一本渡されて玄関の外に放り出されてしまった。 「ちょ、ちょいと、どういう事だい! あたしゃ怪我人だよ!」 「現状では、怪我の内に入りません。お引き取りください。一人くらい、被覆テープを変えてくれる使用人の方が居るでしょう」  リィザはまた顔を真っ赤に(いか)らせて、去っていく白衣のその背中を睨み付けていた。 「あたしゃ、リィザ・ウェールだよ! こんな病院、潰してやる! 覚えておいで!!」  誰にも相手にされないなんて、生まれて初めての経験だった。  資産家の家に遅く生まれた一人娘で、蝶よ花よと育てられ、両親が亡くなったあとも二百人を超える使用人に囲まれて、贅沢三昧の暮らしだった。  周りを見回しても怪我人が転がり病院関係者が忙しく走り回っているばかりで、リィザの事を誰も気にかけていない。  ウェアラブル端末でホバー・タクシーを呼ぼうとしたが、一向に通信は繋がらなかった。  仕方なく一歩を踏み出そうとして、味わった事のない苦痛を感じ、リィザは声を張り上げる。 「ちょいと! 一万連邦ドル払うから、誰かあたしを宇宙港まで連れてっておくれ!!」  それでも、隕石が屋敷を直撃しては、戻っても誰も居ないだろうという思いは働いて、専用機のある宇宙港を目的地にするだけの知恵はあるようだ。  だが寄ってきたのは、火事場泥棒みたいなボロボロの風体の男が一人だけだった。 「へへ……そりゃホントかい?」  リィザの顔を知らないとは、このコロニーの者ではないのだろう。 「うっ……」  伸ばし放題の髪に髭、近くに来ると、ろくに風呂に入っていないような異臭がした。思わずリィザは、片手で鼻を覆う。 「あんたを宇宙港まで連れていけば、一万連邦ドルくれるのかい?」  黄ばんだ歯を見せて、不潔な男が笑う。  リィザはきょろきょろと辺りを見回したが、病院関係者以外で他にまともに動けるのは彼だけのようだった。  リィザは鼻を塞いで顔を背けたまま、不快そうに呟く。 「う……仕方ない……。タクシーを拾って、ここまで連れてきとくれ。金は、後払いだよ」 「へへ、待ってな……」  男は、病院前の大通りを、宇宙港の方へ歩いていった。  ぽつんと、リィザは取り残される。これだけは生まれつきの美貌を誉め称えてかしずく男たちも、揃いの服に身を包んだ二百人を超える使用人たちも、何処を見ても居なかった。  きっと、これは夢だ。そう、悪い夢。リィザは半ば本気でそう思って、ひとつ瞑目して俯いた。  その瞼に、明るい光が差し込んでくる。やっぱり夢だった!  目を覚ましたリィザが見たものは、ライトをつけた一台の個人ホバー・タクシーから降りてくる、先の不潔な男だった。ガッカリはしたが、これで一先ずは宇宙港に行ける。  全てを金で満たしてきたリィザは、男の生臭い匂いも我慢して、肩を借りてホバー・タクシーに乗り込んだ。 「第一宇宙港まで行っとくれ」 「これは、ミス・リィザ・ウェール……!」  運転手がモニター越しに、目を丸くしていた。 「そうさ。あたしゃ、リィザ・ウェールだよ。あたしを乗せたなんて、初めてのタクシーさ。ハクがつくだろ?」  いつもは、運転手付きの高級ホバーカーで、タクシーに乗るのなんて初めてだった。  運転手はニッコリと愛想笑いして、ハンドルから手を離し揉み手しかねない勢いで言葉を紡ぐ。 「そりゃあもう……。ミス・ウェールを乗せたタクシーなんて、多分、私が最初で最後です」  運転手のお喋りは止まらず、マシンガントークでリィザを誉め称えながら、宇宙港へ向かう。リィザは、幾らか気分がよくなっていた。  タクシーの空気清浄機をフル回転させて、男の匂いはマシになったし、自分の値打ちを高めてくれる、信奉者も居る。  宇宙港近くまできて、リィザが豊満な胸の谷間からマネーカードを出して、チップも込みで五千連邦ドル支払おうとすると、運転手はニコニコと笑みを湛えて言った。 「マネーカードでお支払いですか? でしたら、いったんお預かり致します」 「俺が支払ってやるよ」  隣に座った男が言ったので、リィザは機嫌よくマネーカードを手渡した。  少々不潔だが、こいつを風呂に入れて使用人服を着せれば、当分の間は困らないだろう。 「暗証コードをお伺いします」  運転手が笑みを浮かべたまま言った。  タクシーは初めてだったから、そういうものだと思って、リィザは二十四桁の暗証コードをスラスラと紡いでみせた。  宇宙港を前にして、タクシーが急停車する。その乱暴な運転に、リィザがクレームを入れようと顔を上げる前に、タクシーのドアが自動で開いて、約五十センチ下の地面に叩き落とされた。 「痛いっ!」  何が何だか分からなかった。 「げへへ、ありがとよ、美人のおばさん。金は二人で山分けするから、一度貧乏人の気持ちを味わってみるんだな」  閉まりつつあるドアから、男の下卑た笑い声がして、ホバーカーは再び舞い上がった。  おりしも外は、ぽつぽつと雨が降り始めていた。リィザは今まで一度も雨に当たった事がなかったから、肌を刺す冷たい刺激に驚き、怯え、震える。  ――騙された!!  気がついたのは、しばらくしてからだった。  口座を止めようと手首のウェアラブル端末を見たが、車から落ちた時に持っていた杖に当たったらしく、粉々に砕け散っていた。  ずぶ濡れで、リィザは赤ん坊の時以来、大声を上げて泣いた。  宇宙港まではあと少しだったが、痛む太ももを抱えて歩くには、あまりにも遠い距離に思われた。健康の為にする散歩さえ、リィザは屋敷の広大な敷地内で済ませ、外を歩いた事などない。  そこへ、一台の古びたホバーカーが通りかかった。 「助けて!!」  初めて言った言葉だった。  幸い低空飛行だったホバーカーが、リィザに気付いて降りてくる。  運転席のドアが開いて、苦みばしった壮年の男が降りてきた。 「大丈夫か? 怪我は?」 「今、病院からここまで来た所さ。あんた、宇宙港にあたしの船があるから、そこまで乗せてくれないかい? 一万連邦ドル払うから」  リィザは、いざという時の為に、口座を幾つも持っていた。  だが男は、驚いて目を丸くする。 「いや、金なんかいいよ。宇宙港に自分の船があるんだな? じゃあ、そこまで送ってやる。ああ、ずぶ濡れじゃねぇか……寒いだろ。これ着な」  男は、自分の着ていたジャケットを脱ぐと、リィザの肩にふわりと羽織らせた。温度調整センサーが即座に働いて、冷えた肌を暖めてくれる。  リィザは、生まれて初めて『無償の親切』というものを受けた。  土砂降りになった雨の中、自分が濡れるのも構わず、リィザと同じか幾つか下くらいの男が、地面にへたり込んでいる彼女に手を差し出してくる。リィザは、何故か心拍数が上がるのを意識した。 「……気に入ったわ」  男の手を借りて立ち上がりながら、リィザはポツリと呟いた。 「ん? 何か言ったか?」 「いえ。何でもないわ」  この世に、金を払わなくても、仕えてくれる男がいるなんて。 「ラド! 怪我人だ。ちょうど宇宙港までって言ってるから、乗せても良いだろ?」 「ああ。治療は済んでるのか?」 「病院帰りだってよ」 「じゃあ、何の問題もないな。丁重に乗せて差し上げろ」 「ほら、歩けるか?」 「怪我してて……痛むの……」 「じゃあ、捕まりな」  そう言うとロディは、リィザを軽々と抱き上げた。子供の頃両親に抱き上げられて以来の、浮遊感だった。 「アラまあ、酷い濡れようじゃない。災難だったワネ。天候操作機構(ウェザー・コントロール)が壊れたんだワ、きっと」 「ええ、そうね」  一行の無償の親切に密かに感動しながらも、言った事がなかったから、ついにリィザの口から『ありがとう』という言葉が出る事はなかった。  宇宙港に着いて、またロディに抱えられると、リィザは強請った。 「歩けないから……船まで送ってくれないかしら」 「だってよ。ラド、送ってくる」 「ああ、そうだな。先に夕飯にしてるぜ、ロディ」 「……そうだな。そうしてくれ」  男たちの目が、きらりと光って目配せした。それは、ラドラム流の気遣いだった。  リィザの目はすっかりロディに夢中だったし、ラドラムにそう言われて、ロディもそれに気付いたようだった。  マリリンだけが、キトゥンを抱いて眉をピクリと不機嫌の角度に上げる。 「じゃあな、グッドラック、ロディ」 「ああ。ありがとよ」  そうして、ロディは笑みを一つ残して港の奥の方に消えていった。今夜は、帰らないかもしれない。  ブラックレオパード号に乗り込みながら、マリリンは唇を尖らせた。 「何処が良いのかしら、あんな年増。ロディの趣味、疑っちゃうワ」 「ロディは面食いだからな。たまには、いい思いさせてやらないと」  艦橋に入り、群がって甘えてくるペットたちの頭を順番に撫でてやりながら、プラチナが言った。 「ラドラム。ロディは、夕食を彼女の船で摂ってくるという事ですか?」 「ああ、たぶんな。他にも色々食ってくるだろうよ」 「色々、とは何ですか?」 「ラド、プラチナが混乱するからやめなさいヨ。プラチナ、デザートヨ」 「そうですか」 「ああ、ある意味、デザートだな」  くつくつと笑うと、マリリンが胡乱な横目で非難した。 「だから、やめなさいヨ。男って、ホント見境がないんだから」  ラドラムがキャプテンシートに座ってタッチパネルに足をかけると、プラチナがその傍らの定位置に立った。 「プラチナ。住民データのハッキングを頼む」 「はい、ラドラム」 「リィザ・ウェールという女について、噂レベルまで、細かく分析してくれ」 「はい、ラドラム。……リィザ・ウェール。宇宙歴三百四十九年一月十日生まれ。三十三歳。惑星オデッド出身」 「辺境だな」 「はい。六年前に両親を亡くし、資産を継いでからスペースコロニー、ペガサス・ウィングスに移住しています。その後、二年かけて広大な土地を買収し屋敷を立て、使用人を二百人以上雇って暮し、陰のニックネームは『女帝』です」 「女王様か。本来なら、あんまり関わりたくない人種だな」  ラドラムが顔を僅かに顰めた。 「ラド、それがクリスから聞いてた内緒の人ぉ?」 「そうだ。誰にも言うなよ」 「ええ」 「プラチナ、続けてくれ」  ラドラムが促した。 「屋敷と使用人を手に入れたリィザ・ウェールの行動は横暴で、『リィザのものは影でも踏むな』という教訓が、このコロニー内では流布しています」 「ますます関わりあいたくないな」 「五年前からは、ペットの収集に力を入れています。隕石衝突の前には、四百五十人ほどのペットを飼っていたようです」 「人間か?」 「はい」 「使用人より多いじゃないか」 「ペットにも、知能をインプットして、使用人の真似事をやらせていたようです。ここから、噂レベルまで検索します」 「ああ。些細な噂でも、何でもいい」 「……先ほど、ペットに知能をインプットしていると言いましたが、元より知能のあるペット……つまり、『人間狩り』で狩られた人間を、ペットにしているという噂があります。ただし、それを口にした人間は、全員このコロニーから転出し、今はその噂を聞く事は出来ません」 「そうか……だからクリスは、怯えてたんだな」 「ここからは、推測になります。強制的にコロニーから転出させられた人間の内の誰かが、反人間狩り団体(A.H.H.O.)に密告した可能性があります。一年前から、A.H.H.O.の船が、頻繁にこの海域をパトロールしています。隕石衝突時も、極めて近くにA.H.H.O.の大型船が停泊していて、衝突から僅か十時間で、ペットシェルターを展開し、ペットの保護を開始しています」 「ふぅん……」  ラドラムは顎に拳を当てて考える。ミハイルが姿を消したのも、ちょうど五年前だ。  だが、ブルジョアが、そんな大胆な人間狩りをするだろうか?  捕まれば懲役百年はくだらない、重罪だ。だから人間狩りは、辺境でのみ行われる。用意周到に、見目いい人間を狙って、一人、また一人と。  四百五十人も人間狩りのペットを飼っていたら流石にバレるだろうから、もし飼っていたとしても、せいぜい両手の指くらいだろう。  第一。 「親父は、狩られるようなタイプじゃないんだよな……」  ぼそりとした呟きを、だが聴力のいいプラチナは拾っていた。 「ミハイルの事ですか?」 「ああ」  ミハイルは、行方不明になった時、すでに四十三歳だった。  美しさとは無縁で、目尻に小皺、顎には無精髭を蓄えて、くたびれた古いコートを着て出かけたのを覚えている。  それに、ミハイルは便利屋をやるくらいだから、修羅場慣れして強かった。人間狩りのハンターごときに、遅れを取るようなレベルではない。  その時、プラチナがラドラムの思考を遮った。 「大変です。ラドラム」 「あ? どうした?」 「リィザ・ウェールは、頻繁に身体整形を繰り返しているので、最新の情報を集めるのに時間がかかりましたが、現在の彼女の画像データを出します」  メインスクリーンに、九十九・五十八・八十七のダイナマイトボディが映し出された。  その上に乗っている顔は。 「ロディ!」  マリリンが叫んだ。 「プラチナ、ロディの現在位置が分かるか!」 「ウェアラブル端末は衛星軌道上にありますが、生命反応がありません。腕から外されたものだと思われます」 「ヤバいぞ。そういう事か……! プラチナ、出発用意! ロディを救出しに行くぞ!」     *    *    *  リィザは、睡眠薬入りの酒を飲んで、正体をなくしてテーブルに突っ伏しているロディに、とりどりの宝石が散りばめられた首輪をつける。 「うふふ……いい子ね……気に入ったわ」  何でも金の力で屈服させてきたリィザは、愛情表現の仕方を、それしか知らなかった。  かしずかせ、意のままに操る事しか。  人間として、それは不幸であったかもしれない。

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