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(6)恋の季節

「ラドラム。ロディの端末を回収しました」 「分析してくれ」 「はい、少し待ってください」  ロボットアームで回収した、宇宙に漂う小さな小さなウェアラブル端末を、艦橋まで移動させるのに、少しの時間がかかった。  だが、プラチナから手渡されたウェアラブル端末を見て、ラドラムは悔しそうに顔を歪ませる。 「追跡は不可能か」 「はい。中枢部まで、データを遡れないほど完全に破壊されています」  ラドラムの手の中のウェアラブル端末は、人為的に基盤部分が溶かされていた。  これでは、ロディがリィザの船に行ったという証拠も取り出せない。  しかし、彼がリィザに連れ去られた事は明らかだった。  ペットといえば見目いい少年少女が常識だったが、大の男をたぶらかしてペットにするなんて、目から鱗だった。  あるいは、ミハイルも。ラドラムは考える。 「プラチナ。リィザ・ウェールの船を特定して、一応行き先のデータがあるかどうか、調べてくれ」 「はい、ラドラム。船のタイプが特定出来ました」  メインスクリーンに、四隻の船が映し出された。大型、中型、小型が二隻。どれも真っ白にカスタマイズされていた。 「この中のどの船が出た?」 「全てです」 「全部だと?」  ラドラムは歯噛みする。  追跡を逃れる為に、自動操縦で全ての船を出港させたのだろう。望みは薄かったが、念の為訊いてみた。 「何処に行ったかは……分からないだろうな」 「はい。ステルスシールドの可能性が考えられます」 「ロディ……! だから、ほいほい女に着いてくなって言ってたのに!」  マリリンが、涙声で言う。  日頃から、美女に弱いロディに、マリリンは口うるさくそれを咎めていた。  聞き流しては火遊びを繰り返すロディに、マリリンはいつかこんな日が来るんじゃないかと予感していたのだ。  自分が身体を張ってでも止めていれば。その思いが、マリリンの胸を重く押し潰していた。 「マリリン、お前のせいじゃない。リィザの元に送っちまった、俺の責任だ」  船長として、ラドラムはマリリンの心情をおもんぱかる。  だが何の手がかりもなく、広大な宇宙に探しに出ても、見付かる確率など限りなく零に近かった。  かと言って、このコロニーの連邦警察に連絡しても、『女帝リィザ・ウェール』に関する捜査をまともにやって貰えるとは思えなかった。  一縷の望みをかけて、ラドラムはプラチナに説明する。 「プラチナ。ロディが、リィザに捕まった。コロニー内の行方不明者リストに、ロディの名前を書き込んでくれ」 「はい、ラドラム」 「ついでに、親父と、クリスの母親も書き込んでくれ」 「はい。行方不明者リストに、ロディ・マス、ミハイル・シャー、クララ・アーガの名前を書き込みました」  そうしておけば、このコロニーの被災者として、幾らか捜索して貰えるだろう。  雀の涙ほどの期待だったが、何もしないよりかはマシだった。 「それからついでに」  妙案が浮かんで、ラドラムは付け加えた。 「リィザ・ウェールの名前も書き込んでくれ」  連邦警察が、躍起になってリィザを探す可能性にかけて、ラドラムは僅かに口角を上げていた。     *    *    *  ──ヒュン、ピシッ。 「キャン」  電磁鞭が振り下ろされて、ロディの背中をしたたかに打つ。  首に巻かれた宝石付きの首輪が、声と力と気力を奪い、代わりに獣のような吠え声に変換する。  ロディは懸命に抗っていた。だが何を言っても犬のような無駄吠えになり、 「諦めて静かにおし!」  と、リィザに鞭で打たれるばかりだった。  女性と恋の駆け引きをするのは好ましかったが、こんな風に力ずくで屈服させられるのは、ご免だった。  しかし目の前でウェアラブル端末を破壊され、行き先も告げられないままステルスハイパードライヴに入った船を感じ取り、流石のロディも心が折れかけていた。  吠えても鞭で打たれるだけで何も事態は好転しないと悟り、吠えるのはやめた。  するとリィザは、嬉しそうに笑って、ロディのグレーのオールバックを撫で付けた。 「よしよし。物分りのいい、いい子じゃないか。大人しくしてたら可愛がってあげるから、あたしの言う事をよく聞くんだよ」  リィザは、これ以外に愛情表現の仕方を知らない。 「ロディと呼ばれていたね。じゃあ、今日からあんたはロッキーだよ。返事おし、ロッキー」  だがロディはそっぽを向いて、応えない。    ──ピシッ。 「キャン!」  先ほどよりも出力の上げられた、短い電磁鞭が背にしなった。 「ロッキー」  猫撫で声が、ロディを呼ぶ。やむなく小さく返事を返すと、 「クゥン」  と甘えたような声が出て、ロディは吐き気を覚えた。 「やれば出来るじゃないか。ロッキー、被覆テープを巻き直すから、あっちの棚からレスキューキットを持っておいで」 「……」  電磁鞭が振り上げられた。 「キャン」  それがまだ下ろされる前に、口から苦痛を訴える声が出て、ロディは自分で驚いた。  パブロフの犬! 頭に浮かんだのは、大昔の地球でパブロフが行った、条件反射の実験だった。  もう三十回は電磁鞭の洗礼を受けて、背中は熱をもってジンジンと痛んでいる。  背中以外を打たないのは、おそらく外見からペット虐待の疑いを持たれないようにする為だろう。そう気が付いた時、一つの閃きがロディの頭に思い浮かんだ。  だけど、これは、取っておきの秘策にしよう。  そう考えて、ロディは大人しくレスキューキットを取りに行った。     *    *    * 「リィザ・ウェールの捜索願いが出てる!?」  連邦警察内、隕石衝突事故対策本部で、本部長は思わず大声を上げていた。  だがすぐに咳払いをして、 「あー、いや。ミス・ウェールの捜索願いかね」  と言い直した。  呼び捨てにした事が本人に知られたら、連邦警察をクビにされかねない。  例え行方不明と分かっていても、ペガサス・ウィングスの住民にとっては、それほど脅威の存在なのだった。 「はい。軽傷を負い、病院で治療を受けた所までは分かっているのですが、その後は消息がしれません」 「捜索願いを出しているのは、誰だ」 「ラドラム・シャーという男です。コロニー修復のボランティアに志願して、現在作業中です」 「そうか……どういう関係かは知らんが……。便利屋、か」  提出されたラドラムのボランティアデータを見て、本部長は顔を顰めていた。 「よりによって、ミス・ウェールとは……。いっそ……」  本部長は本音が漏れそうになって、慌てて口を押さえていた。落ち着きなく銀縁の眼鏡を押し上げる。 「い、いや。何でもない。全力で、ミス・ウェールの捜索に当たってくれ」     *    *    * 『プラチナ。聞こえるか?』 「はい、ラドラム。感度良好です」  ラドラムはスペーススーツを装着して、プラチナは黒髪のウィッグをつけて、宇宙空間で作業中だった。  隕石衝突事故の爪痕は大きく、周辺海域に大々的に報じられ、救援物資や募金、復興ボランティアなどが多数駆け付けていた。  その中にあって、ラドラムは宇宙でのコロニー修復ボランティアを選んだ。  周波数を特殊なチャンネルに合わせれば、プラチナと『内緒話』をしながら作業が出来るからだ。  マリリンは自責して酷く落ち込んでいたし、万が一ロディが帰ってきた時の為に、船の留守番を頼んであった。  コロニーの穴を塞いでいる小型戦闘機の上から、空気が漏れないように特殊シートをプラチナと協力して貼りながら、ラドラムは話していた。 『リィザは、このコロニーに戻ってくると思うか?』 「はい、ラドラム。リィザ・ウェールの性格を加味して計算すると、71,2%の確率で戻ってくるでしょう」 『隠し財産でもあるのか?』 「その可能性もありますが、第一の標的は、我々クルーの命です」  恐ろしい事を、プラチナは冷静な声音で語る。 『そうか……噂をしただけで、追い出されるんだもんな。人間狩りの事実を知っている俺たちを、生かしておく訳がないか』  小さな穴は内側から修復するが、大きな穴はまずコロニーの外側から何枚もの特殊シートを貼って完全に穴を塞ぎ、それから小型戦闘機を内側へ格納して、重機を使って壁を再建する予定だった。  無重力空間で泳いでシートを繋げながら、ラドラムは考える。  そうなると、このコロニーを今出るのは、逆に危険ではないか? 狙い打ちしてくれと言っているようなものだ。  だが反面、こうしている間にも、宇宙の彼方へ逃走を図っている可能性もある。難しい判断を迫られていた。  考え事をしていたラドラムは、ウッカリ穴を塞いでいる小型戦闘機の翼に足を引っ掛け、くるりと縦に一回転した。 『うおっ』  命綱はつけているが、一瞬焦って声を上げるラドラムを、プラチナが捕まえる。  腰に腕を巻きつけ、ピッタリと抱き寄せてヘルメットの中の顔を覗き込んだ。 「大丈夫ですか、ラドラム」  中性的な美しい顔立ちがヘルメット越しに間近にあり、ラドラムは思わず顔を逸らしていた。 『だ、大丈夫だ。離せ』  プラチナは、まるで媚びるように、魅惑的に小首を傾げる。セクソイド故の動きなのだろう。 「ラドラム。やはり、心拍数が上昇しています。このボディが……好き、ですか?」 『……そのボディは、一時的なものだ。三日後には、元のメールタイプに戻るんだ』  身体を離そうとプラチナの肩に手をかけるが、びくともしない。それは可憐な見かけに反して、違和感を募らせた。 「では、今の内に……愛しています、ラドラム」  その、男女を問わず見る者全てを虜にするような形のいい唇が、赤い舌をちろちろと覗かせるようにしてセクシーに囁く。 『やめろ』 「このボディなら、オリジナルと違って、貴方と文字通り『愛し合う』事も出来ます」 『やめろ!』  逃げるラドラムの視線を、プラチナの人工眼球が追いかけた。 「三日後には、もう叶いません。一度、試してみませんか……」 『やめろ!! 命令だ!!』  ラドラムが大声で怒鳴った。  ラドラムがプラチナに『命令』するのは、初めてだった。  表情豊かに、プラチナが目を丸くする。そして、感情を押し殺すように無表情に戻って言った。 「……すみませんでした。ラドラム。作業に戻ります……」  プラチナが、A.I.の持つ科学的好奇心の範疇を超えて、ラドラムを誘惑しているのは明らかだった。  ラドラムは、そんなプラチナに恐れを感じて、『命令』したのだ。  オリジナルのボディに戻れば、こんな事はなくなるだろう。そう信じて、あとは黙々と作業をこなした。     *    *    *  マリリンは、通信士席に突っ伏して、さめざめと泣いていた。 「ロディの、馬鹿……。こんなに心配させて、帰ってきたら三時間は説教してやるんだから……」  きっと帰ってくると、願いを込めて自分に言い聞かせた言葉だった。  いつもなら、回るメリーゴーランドサークルに夢中なキトゥンが、ベビーベッドの柵に掴まり立ち上がって、マリリンに腕を伸ばしてくる。  綿毛がだいぶ抜けてサラサラとした艶やかな白い毛に覆われた手の甲で、マリリンの頬に触れては低い声で鳴く。 「アラ……ありがと、キトゥン。心配してくれてるのネ……?」  マリリンは顔を上げて、キトゥンを抱きしめた。 「大丈夫。ロディは、帰ってくるワ……」  するとキトゥンがふいとその腕の中から抜け出して、何を思ったかラドラムが床に脱ぎ散らかしていったジャケットの上まで走っていった。  マリリンは仰天する。 「キトゥン、アンタ……もう走れるの!?」  まだ、多く見積もっても生後一ヶ月半の筈だった。人間なら、歩くのに早くてもゆうに十ヶ月はかかる。  そして偶然か必然か、ジャケットで滑って遊ぶと、中からホログラム写真が滑り出た。ミハイルの写真だった。  何回か滑って遊び、キトゥンは転んで頭を軽く打つ。  マリリンが慌てて駆け寄った。 「キトゥン、駄目ヨ。危ないワ。……ラドったら、いつも脱ぎっ放しで……」  キトゥンを抱き上げ、ついでにラドラムのジャケットも拾い上げる。  すると、ポケットからカサリと音を立てて畳まれた紙が床に落ちた。ホログラム写真と紙を一緒に拾って、マリリンは思わず微笑んだ。 「ラドったら、お父さんがよっぽど恋しいのネ……」  写真とニュースのスクラップを見比べていたマリリンだが、やがて重要な事に気が付いた。  微笑みに眇められていた瞳が、零れ落ちそうなほど、見る見る内に真ん丸になる。 「これって……! 大変!」  マリリンは、手首のウェアラブル端末の回線を繋げると、大声で怒鳴っていた。 「ラド! 帰ってきて! 今すぐ!!」     *    *    *  マリリンから通信を受けて、ラドラムとプラチナは、ボランティアたちが集まる地区に急行していた。  スペーススーツは着たまま、ヘルメットだけを小脇に抱えて。  しかし修復ボランティアたちはみな似たような格好で行き来していて、けしてラドラムだけが異質にはならなかった。  その奥、ある一角に二人は入っていく。  簡易シェルターの前の電子ボードには、名前がびっしりと光っていた。  だがそれを読み解く手間はかからなかった。  目的の人物は、品のいい女性と寄り添って、入り口近くにくたびれた顔で座っていた。 「親父!」  そう、マリリンが見たのは、ラドラムが後で読もうとアウトプットしてポケットにしまっていた、星間ニュースの記事だった。  ペットシェルターの写真の中に、ラドラムの持っていたホログラム、ブロンドのミハイルの顔を見付けたのだ。  ミハイルは、呼ばれたのが自分の事だとは気付かずに、無気力に前を見詰めていた。  先に傍らの女性と目が合って、彼女がミハイルを促して顔がこちらをふっと向く。 「親父!!」  何処か夢見るようなふわふわした表情のミハイルに駆け寄って、膝をついて両肩に手を置いて揺さぶる。  それでもしばらくの間、ミハイルは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして、ただ黙ってラドラムを見詰めていた。 「…………ラドラム?」  ようやく出た声も、まだ半信半疑に語尾が上がっていた。 「そうだよ親父! 大丈夫か!?」 「……ラドラム!!」  男とは握手もしない、という習慣は、ミハイルから受け継がれたものだった。だがそのミハイルが、両腕にいっぱいの力を込めて、ラドラムを抱き締めている。  多少戸惑ったが、声を詰まらせるミハイルに、ラドラムもポンポンと腕を回して背中を撫でた。 「ラドラム……もうワシの事なんか、忘れてるかと……」 「忘れられるかよ。俺が居なきゃ、何も出来ない親父なんだから」  笑って、冗談めかす。ラドラムも心は震えていたが、湿っぽいのは性に合わなかった。  ひとしきり抱擁を交わすと、やがてミハイルはぽつりぽつりと話し始めた。 「一人にしちまって、すまなかったな……」 「親父こそ、人間狩りにあったんだろ? リィザ・ウェールか?」 「何で知ってる?」  ミハイルは肝を潰して、きょろきょろと周りをはばかった。 「大丈夫だ、親父。リィザは、今コロニーの外だ。監視カメラも壊れてる。あいつの権力は、今は殆ど機能していない」  そう言うと、ほっとした表情で額に滲んだ汗を手の甲で拭った。 「そうか……ああ、ラドラム。紹介するよ」  と、隣の女性を差す。 「同じく人間狩りにあった女性(ひと)だ。ペットにされてる間は、首輪で口をきく事も出来なかったが、何とか励まし合ってきた」  女性が会釈した。 「初めまして、ラドラムさん。貴方の話は、ミハイルさんから沢山聞きました。首輪が外されて、一番に聞いたのが、貴方の事でした」  ブロンドのストレートヘアが印象的な、三十代の女性だった。 「初めまして。ラドラムです。……あの……正直、畏まった会話は好きじゃない。もっとフランクにいかないか?」  ラドラムは、困ったように笑ってみせた。  女性も、上品に口元に手を添えて微笑む。 「そうね。じゃあ、ラドラム、って呼んでもいいかしら?」 「ああ。俺は、何て呼んだらいい?」 「あら。あらあら。嫌だわ、私ったら……自己紹介がまだだったわね。クララ、って呼んでくれると嬉しいわ」  ラドラムは、眼球を上向けてほんの一瞬、考えた。何処かで聞いたような名前だった。 「……クララ?」 「ええ」 「……クララ・アーガ?」 「あら。何でも知ってるのね」  クララが再び口元に手を添えて驚く。 「クリスティン、って息子が居るか?」 「ええ。ええ! あの子、無事かしら!?」  母親とは、かくも強き存在か。今まで上品に微笑んでいたクララだが、クリスティンの名を聞いた途端、必死の形相で身を乗り出してきた。  ラドラムは苦渋の色を滲ませる。 「クリスは無事だが……お気の毒だ。旦那さんは、亡くなったそうだ」 「……そう……。あの人、どんな風に死んだの? 苦しんだ?」 「いや。眠るように安らかに亡くなった」  ラドラムは、クララに優しい嘘をつく。  彼女は、目頭を押さえて、僅かに眉根を寄せた。 「そう……。教えてくれてありがとう、ラドラム。もう会えないと思っていたから……諦めがついたわ」 「クララ、大丈夫か。ワシがついてる」 「ええ、ミハイル……」  クララは、ミハイルに肩を抱かれると、向き直って胸に額を預けた。  ミハイルも、ガサツだった以前からは想像も出来ない頼もしさで、クララを抱き締める。 「ミハイル。五年ぶりですね」  そこへ、場違いな声音が割って入る。 「ん?」  顔を上げたミハイルの前には、美しいをおもてを持った黒髪のアンドロイドが立っていた。 「……誰だ?」 「ああ」  ラドラムはやや気後れしながらも話し出す。 「今はボディを乗りかえてるが……プラチナだ、親父」 「……プラチナ? どうしたんだ?」  目を見張るミハイルに、ラドラムが噛み砕く。 「オリジナルが壊れちまって……今、クリスに直して貰ってる」 「クリスティンに?」  クララが振り返った。 「ああ。クリスは、一人で家業を継いで生きていく決心をしたんだ。クララが生きてる事を知ったら、喜ぶだろうな」 「まあ……クリスティン」 「すぐに引き取り手続きを行おう。クララも」 「頼む、ラドラム」  ラドラムが、ミハイルとクララの引き取りを願い出て父息子(おやこ)だと言うと、簡易DNA判定が行われた。  判定を見て、ペットシェルターを運営している反人間狩り団体(A.H.H.O.)の団員は、残念そうに一同を見回す。 「確かに、ミハイル・シャーさんとは父息子(おやこ)関係なのですぐに引き取りが出来ますが、クララ・アーガさんとは接点がないので、引き取りは出来ません。こういう事故現場で、堂々と人間狩りをする事例が発生していますので」 「そんな……」  ラドラムが本人の意思を知らせて抗議しようとすると、思いがけない所から、きっぱりと宣言が上がった。 「ワシとクララは、夫婦だ。クララの旦那さんが亡くなったと聞いて、ついさっき、婚約した」 「まあ、ミハイル……」  まだ涙の乾ききらぬ瞳を丸くして、クララが両手で口元を覆った。 「本当ですか? クララ・アーガさん」  クララは、仄かに頬を染めて、動揺しながら小さく頷く。 「ええ、あの……はい。ミハイルとは、助け合って生きてきました」 「では、貴方がたの飼い主を、一時的にラドラム・シャーさんにします。人権の取り戻しは、裁判所に訴えてください」  一同はペットシェルターから離れ、ラドラムが振り返った。  ミハイルとクララはまだ、ぴったりと寄り添っていた。 「もう、『フリ』はいいんだぜ、親父」  だがミハイルは言い放った。 「クララの気持ちが落ち着いたら、結婚を申し込もうと思ってる。ラドラム、父さん、再婚してもいいか?」  あまりにも突然の話に、今度はラドラムがしばし言葉を失った。 「……あ、ああ。酷い目にあったんだ。親父には、幸せになる権利がある。クララが良いのなら」  クララは、頬を染めて俯いていた。憎からず思っているのだろう。  聞いた時は驚いたが、クリスティンと本当の兄弟になるのだと気付くと、二人を心から祝福する気になった。 「じゃあ、ホバーカーがあるから、すぐにクリスの所へ行ってやってくれ。家は壊れてるが、工場(こうば)は残ってる。食料もある。クリスを慰めてやってくれ。……あ、親父」 「何だ、ラドラム」 「クリスは多感な時期だ。いきなり、婚約の話を持ち出さないでくれよ」 「ああ、任しておけ」  ミハイルが胸を張る。  ラドラムは一抹の不安を感じながらも、ホバーカーの二人を見送った。  プラチナが、ぽつりと呟く。 「ラドラム、ミハイルはクララと結婚するのですか?」 「ああ、多分な。クリスが反対しなければ」 「カトレアの事は、もう愛していないのでしょうか」  カトレアとは、名前だけ聞いた事のある、ラドラムの母親の事だった。ラドラムに記憶はない。彼なりに気を遣って、詳しく聞いた事もない。 「いいや、プラチナ。だけど人間は、忘れなければ生きていけない生き物だ。お袋を愛さなくなった訳じゃない。お袋の事を愛したように、またクララを愛しただけなんだ」 「人間のメモリーは、複雑なのですね」 「ああ。お袋の事は、クララの前で言うなよ」 「はい、分かりましたラドラム」  そんな会話をしていた時だった。ウェアラブル端末が小さな電子音を立てたのは。事故対策本部からだった。 『ラドラム・シャーさんですか』 「ああ」 『お探しのリィザ・ウェールさんのナノチップ反応が、軌道上に見付かりました』 「ナノチップ……そうか!」  生まれながらに資産家の場合、誘拐対策に、身体にナノチップを埋め込む事がある。  その記録が連邦警察にあるという事は、リィザは誘拐された事があるのだろう。 「位置は確認できるか?」 『座標を送ります』 「ありがたい。頼む」  ウェアラブル端末から座標画面が浮かび上がり、ラドラムはそれをトラッキングモードにした。 「プラチナ、ロディを助けに行くぞ」 「はい、ラドラム」  二人は真っ直ぐに宇宙港へと向かったのだった。     *    *    * 「駄目ネ……ステルス・シールドを張ってるワ。大体の座標が分かっても、ロディが居るから攻撃も出来やしないし」  マリリンは、いつもはロディが座っている操縦士席に座って、慣れぬタッチパネルを操作していた。 「そうか」  だが予想していたものか、ラドラムの声に落胆はなかった。 「プラチナ。ペットに飯をやり終わったら、計算して欲しい事がある」  この頃は、もっぱらプラチナがペットに餌を与えていたから、ペットたちはプラチナに一番懐いていた。 「はい、ラドラム。可能です」 「リィザが、四隻の船全部で攻撃してくる可能性は?」 「94.7%の確率で、四隻以上の船で攻撃してくるでしょう。辺境の惑星に別荘を持つのは、資産家のステータスですから」 「以上、か……となると、ブラックレオパード号だけで港を出るのは、自殺行為だな」 「その可能性が高くなります」 「マリリン。この惑星に停泊している船の中で、ブラックの小型船の持ち主に、片っ端から連絡を取ってくれ」 「良いけど、どうするの?」 「考えがある……医務室に、記憶抽出装置も用意してくれ。最終手段だ」     *    *    *  リィザは、自分にナノチップが埋め込まれている事など、とうの昔に忘れていた。  誘拐されたのは三十年近く前の事だったし、両親が身代金を払うだろう事は確信していたから、トラウマにもならなかった。  軌道上で、リィザは、ロディに太ももの被覆テープを変えさせながら、キャプテンシートに座って寛いでいた。  船は、比較的近くにあった別荘から、自動操縦で七隻を従えている。どれも、真っ白のボディが自慢の船だった。 「いい子だねぇ、ロッキー」  観念したのか、大人しく被覆テープを変えるロディの頭を、リィザは撫でながら考える。  いいペットを手に入れた。  人間狩りで手に入れたペットたちは、訴えたりなんかしたら命はないと思い知っているだろうから、その心配はないだろう。  問題は、ロディの船のクルーたちだけだ。  ステルスシールドで待ち伏せして、コロニーから飛び立つ所を狙い撃ちしてやる。  そう考えて、リィザはうっとりとロディのグレーの瞳を見詰めた。  その色彩は、光が当たるとブルーやグリーンにも見えて、リィザは飽く事なくロディの瞳を見詰め続けるのだった。     *    *    *  ブラックのボディの小型船を四隻手に入れて、ラドラムたちは今まさに出航する時だった。  ブラック・レオパード号と並んで計五隻の宇宙船が、一斉に宇宙港を出る。  キャプテンシートに座って珍しく足は上げずに、ラドラムは戦闘体制に入っていた。 「ワン、ツー、スリー、フォー、各自自分の判断で迎撃しろ。艦橋は中央だ、多少船に傷がついても、ロディに被害は及ばない。エンジンと武器周りを狙って攻撃しろ!」  思い思いに短く返事が返る。  どれもラドラムと同じ声だった。  ラドラムはリィザと戦う為に、『最終手段』を実行した。  それは、ペットたちへの、自分の記憶のインプットだった。  自動操縦の船は、あらかじめよほど綿密に作戦を指示しない限り、人間の臨機応変でトリッキーな動きに一歩劣る。  それを計算した上での、『最終手段』だった。  つまり、ラドラムが五人、それぞれ船を持って迎撃にあたる事になる。  その光景をメインスクリーンで見たリィザは、面白い玩具を見付けた子供のように声を上げて笑った。  リィザは、身体だけが大人になった、大きな子供だった。 「同じタイプの船を五隻用意したか……馬鹿じゃないようだね。でも、小型船だけであたしに敵うと思ってる所が、まだまだ坊やだね」  そう言うと、リィザはステルスシールドを切ってラドラムに姿を見せ、すぐに計八隻の宇宙船を率いて反転した。  撃ち合いになっては、コロニーのレーダーに映ってしまう。  惑星もコロニーもない所まで、ラドラムを引き付ける必要があった。  思惑通り、ラドラムは追いかけてくる。 「あんたの元の飼い主は、随分とあんたに入れ上げてるねぇ。妬けちまうよ。今、忘れさせてやるからね」 「クゥン」  ロディは、リィザの足元に、大人しく蹲っていた。 「発射!」  広い海域に出たその時、第三者の声音が、大型船の艦橋に響いた。  ステルスシールドで姿をくらまし着いてきていた、船籍不明の大型船だった。  大口径のレーザー砲で、リィザの船の内、何の作戦もなく縦並びになっていた小型船と中型船が、跡形もなく消し飛ぶ。  リィザも、ラドラムも共に驚いて、異口同音に小さく声を漏らしていた。  全く予想もしなかった両者の真ん中に、大型船が現れたのだ。 「プラチナ! リィザのナノチップ反応は消えたか!?」 「いいえ、ラドラム。リィザは生きています」  ラドラムはほっと一息ついた。 「マリリン! 大型船に通信!」 「……向こうは、カメラ映像を切ってるわ。声だけ出すワネ」 「ああ。こちら、ブラックレオパード号。リィザ・ウェールの船には、俺のクルーがペットにされて乗っている。無差別な攻撃はやめて貰いたい」 『こちらの船籍は明かせないが、リィザ・ウェールに消えて貰いたい者だ。連れているペットは一人か』 「ああ」 『では、その一人には悪いが、犠牲になって貰うしかない。リィザ・ウェールには消えて貰う』  その取り付く島もない物言いに、だがプラチナが割り込んだ。 「スペースコロニー、ペガサス・ウィングスの外壁で、隕石に取り付けた小型エンジンの欠片を発見しました。それにはA.H.H.O.のロゴが入っていました」 『馬鹿な! ハッタリだ! ちゃんと民間のものを……!』  そこまで言って、A.H.H.O.の副代表ニックは、自分の失言を知る。 「ええ。ハッタリです。この会話は録音しました」  プラチナの冷徹な声に、ニックは頭を抱えた。 「馬鹿な……! 用意周到に運んだ手筈が……!!」 『……だけど、あんたが俺のクルーの救出に協力してくれるんなら、通報しないでやってもいいぜ』 「……それもハッタリか?」 『さあ、どうだろうな』  プラチナの無機質な声と違って、ラドラムの声は含み笑っていた。  真意が読めず、ニックは怒りに声を震わせる。 「リィザ・ウェールやブルジョア層は、人間狩りのペットを飼っている! この世から人間狩りをなくすには、見せしめが必要なんだ!!」 『だからって、一緒くたに四万人以上も死傷させるなんて、どうかしてるぜ。リィザ・ウェールには、生きて罪を償って貰う』  思い出したように、宇宙に閃光が閃いた。 「シールドを展開」 「はい、ラドラム」  シールドにレーザービームが当たり、ビリビリと船が揺れた。  他の四隻も、思い思いに回避行動に入っている。  ジュールの大型船は、一発目の攻撃の後、すでにシールドを張っていた。 「プラチナ、まさかとは思うが、今レーザーを撃ったのが、リィザの船じゃないだろうな?」 「その、まさかのようです。ナノチップの反応からも、リィザの船を特定出来ました」 「よくやった、プラチナ」 「どういたしまして」 「聞いたか野郎ども! 一隻を残してあとは潰しちまえ!」  ワン、ツー、スリー、フォーの威勢のいい返事が返る。  それを合図に、艦隊戦が始まった。 「A.H.H.O.も、協力しろ。リィザは殺すな」  星だけが光る真っ暗な宇宙空間に、レーザービームが幾筋も閃いた。  ラドラムの頭脳を持った四人のペットたちは、あっという間にリィザの船を取り囲む。  コロニーに投石したニックだったが、ラドラムの脅迫に屈してリィザの船を残して、次々と白い船を討ち取っていく。  ペットたちは、リィザの船のエンジン部分とレーザー射出口を狙って攻撃していた。ステルスシールド発生装置も破壊する。  やがて、立派に見えた船団は、リィザの失態により彼女の船だけになり、推進装置も武器も失って、宇宙に漂う箱舟になった。  初めて、リィザから通信が入る。 『あたしの船から離れな! じゃないとロッキーの顔に傷がつくよ!』  映話には、蹲るロディの顔に、バチバチと火花を散らす電磁鞭を突きつけたリィザが映った。  首輪により逆らう気力がないのか、ロディは背中に足をかけられても、ただ黙ってうな垂れている。 「エンジンも武器もなくなって、どうするつもりだ? 今ならまだ、人間狩りだけの罪で済むかもしれないぜ」 『お黙り! あんたの船を寄こしな。あたしゃ、リィザ・ウェールだよ!』  それでもまだリィザは、『リィザ・ウェール』というブランドに価値を見出していた。  使用人もSPも居ない、たった一人のペットを連れた宇宙空間で。 「……分かった。じゃあ、スペーススーツを着な。俺の船をやる」 『あんたたちが船を出る方が最初だよ! 小細工したら、ロッキーにこいつを押し当ててやるんだから』 「待て。分かったから、落ち着け。ゆっくり話し合おう」  ラドラムは映話画面に向かって、掌を挙げてみせた。降参の証だった。 「連邦警察には、お前の事は言わない。ただ、ロディを返してくれればいい。後は、辺境の別荘にでも行って、ゆっくり暮せばいい。また使用人を山ほど雇うだけの金はあるんだろう?」  饒舌に語るラドラムに、リィザが得意げに言った。 『ああ、あんたらとは違うんだ。何処に行ったって、あたしはリィザ・ウェールなんだから』 「ああ、お前には負けた。金の力には勝てない。お前がリィザ・ウェールである限り、俺たちに勝ち目はない」  リィザは勝ち誇って高く笑った。 『やっと分かったようだね。あたしがリィザ・ウェールだって事を……』 「ガウッ」  その時、すっかりリィザに屈していたと思われたロディが、リィザの腕に噛みついた。 『プラチナ!』  リィザの船の艦橋に、鋭くラドラムの声が響いた。 「このっ……!」  反射的にリィザが鞭を振り下ろす。  だがロディは、もう苦鳴を漏らさなかった。  艦橋の自動扉が開いて、エンジン口から進入したプラチナが滑り込んでくる。 「ロディ!」  素早くリィザの手を捻りあげてロディから離し、鞭を奪って手の届かない所へ蹴り飛ばす。  プラチナのあまりにも強靭な力に、リィザは苦痛を訴えて喚いたが、プラチナは粛々と後ろ手に手錠をかけた。  床にリィザを転がすと、すぐさまロディに駆け寄る。 「ロディ、大丈夫ですか」 「バウ!」 「ああ……首輪ですね。今、外します」  そう言うとプラチナは、脅威的な力で強靭な強化ファイバー繊維で編まれた首輪を引き千切った。  ロディの左頬には、最高出力で押し当てられた、電磁鞭の痕が一筋残っていた。 「助かった、プラチナ。ありがとよ」 「どういたしまして」 『ロディ! 無事か!』  ロディは、リィザの船のキャプテンシートに座った。その痛々しい傷跡を見て、マリリンが我が事のように悲鳴を上げる。 『ロディ! 傷……!』 「ああ、これくらい、何て事ないぜ。かえってハクがつく。助けに来てくれて、ありがとよ」 『無事で良かった、ロディ。すぐに手当てをしよう。スペーススーツを着て、プラチナに掴まってきてくれ』 「分かった。あいつは連れてくか?」 『ああ、そいつはそのままにしておけ。すぐに連邦警察がくる』  そして通信を切ると、 「ワン、ツー、スリー、フォー、聞こえるか。連邦警察が来る。ステルスシールドを張って離れててくれ」  ラドラムの声で、四人分の返事が返る。  公海には、ブラックレオパード号と、リィザの真っ白な船と、ジュールの大型船だけが残った。  間もなく連邦警察の船が二隻、やってきた。  一隻はリィザの、もう一隻はニックの船に『網』をかける。  叫ぶような通信が入った。 『おい! 協力したじゃないか、なぜ私まで逮捕される!?』 「ハッタリだったって事さ。四万人以上の死傷者の命を償え」 『嘘だ! 私が捕まるなんて、A.H.H.O.の活動に大きな支障が……』 『動くな!』 『手を挙げろ!』 『私は、A.H.H.O.の副代表だぞ! こんな事が許されるとでも……』  つけっ放しの映話からは、艦橋になだれ込んでくる連邦警察と、パラライズ銃で撃たれ気絶し引きずられていくニックの姿が見てとれた。  リィザの船でも同じような状況だろう。  ピン、と通信が割って入り、マリリンが出た。 「こちら、ブラックレオパード号」 『連邦警察だ。リィザ・ウェールの人間狩りの証拠があるとは、本当か』 「ええ。アタシたちの船のクルーが、ペットにされたの。救出したから、あとで証言するワ。怪我してるから、まずは手当てが優先ヨ」 『了解した』  通信が切れると、プラチナに肩を貸されてロディが入ってきた。 「ロディ!」  真っ先にマリリンが駆け寄って、ロディの胸に飛び込んだ。 「ロディの馬鹿! どんだけ心配したと思ってんのヨ!」  涙声でその逞しい胸板を甘く叩く。 「ああ、すまねぇ、みんな。マリリン、心配してくれてありがとよ」 「顔に傷まで作って! 美女には棘があんのヨ、いっつも言ってるでしょ! アタシは……アンタが……アンタが……」 「えっ?」 「あっ?」  ひくっ、とひとつしゃくり上げて、マリリンが身を離し、二人はびっくり眼で顔を見合わせた。  ラドラムもキャプテンシートから振り返り、小さく口笛を吹いて二人を見守る。 「アタシ……。ロディ、何歳だっけ」 「三十一」 「年下だワ!」 「えっ」 「マリリン、そんなにサバ読んでたのか……」  ラドラムが呟いた。 「レディ・キューピッドの占い! 年下で、すでに出会ってる男性(ひと)……。ロディ」  マリリンが、両掌でそっとロディの手を握る。 「マ、マリリン……」  降って湧いたような話に、ロディはやや冷や汗を滲ませていた。ロディは根っからの女好きだ。  だが同じ船のクルーとして苦楽を共にする内に、マリリンに家族のような情は抱いている。  二人は見詰めあったまま、長い事手を握り合っていた。     *    *    * 「ラドラム。ワシは、クララと結婚してこのコロニーに残る事にした。良いよな?」 「ああ。おめでとう、親父、クララ。クリス、これで俺たちは兄弟だ」 「うん、ラド!」  一家四人は、笑顔で喜びを分かち合っていた。他には、プラチナ、ロディが居る。  キトゥンの熱が常より高い事から、マリリンだけが彼女と共に船に残っていた。  ペットたちは、それぞれの意思でそれぞれの船に残っている。  ラドラムがクリスティンに拳を突き出すと、クリスティンもそれに拳を合わせて、嬉しそうに笑った。  離れてしまうとしても、兄弟の絆は永遠に切れる事はない。 「じゃあ、結婚式しようぜ。コロニーがこんな有様だから、ちゃんとした結婚式は出来ないけど、簡単に。プラチナ、牧師やってくれ」 「はい、ラドラム」  オリジナルのボディに戻ったプラチナが、手を取り合う二人の前に進み出て、結婚に対する聖書の教えを暗唱した。  そして、ミハイルとクララに問う。 「その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」  ミハイルは力強く、クララは頬を染めて控えめに、「はい」と宣誓する。 「それでは、指輪はありませんので、誓いのキスで、その宣誓に封印を」  プラチナに言われ、二人は顔を真っ赤にして思わず取り合っていた手を離す。  周りで瓦礫を片付けていた近所の住人も、宣誓の言葉を聞きつけて何人か参列していた。 「あ……あのなプラチナ……」 「誓いの言葉に封印をするのです。恥じる必要はありません、ミハイル」 「お……おう……」  真っ赤になったまま二人はしばらく見詰めあって、ミハイルが僅かに笑った。 「あの……目……閉じてくれんかな、クララ……」 「あら。あらあら。ご、ごめんなさい、ミハイル」  クララが少女のように睫毛を震わせて瞼を閉じると、ミハイルはそっと触れるだけのキスをした。 「ここに二人を夫婦として認めます」  プラチナが言って、見守っていた参列者から、数は少ないが心のこもった拍手が送られた。 「おめでとう、ミハイル、クララ」 「ありがとう、プラチナ」 「ありがとう、皆さん」  小さな結婚式は幕を閉じ、瓦礫の街並みに束の間、寿ぎのうたが流れていた。     *    *    *  船に帰ると、マリリンがタッチパネルに突っ伏して眠っていた。  ロディへの告白から丸二日、ろくに眠れていないようだったから、限界がきたのだろう。  だが、ベビーベッドにキトゥンの姿がない事に気付き、忍びなかったがラドラムがマリリンの肩を揺すった。 「マリリン」 「あ……ごめんなさい、ラド。寝ちゃってたワ」 「それはいいんだが、キトゥンは何処へ行った?」 「え? キトゥン、居ない!?」  途端に、マリリンはベビーベッドを見てオロオロと慌て出す。 「キトゥン!」  艦橋内を見回すが、何処にも姿はない。  ロディが、落ち着いて自分の席に座って船内をスキャンした。 「マリリンの部屋のシャワールームが、使用中になってる」 「え? 確かに、あの子をシャワーに入れる時はそこだったけど」 「じゃあ、キトゥンが使い方を覚えて、入ってるのかもしれないな」 「まさか! まだ赤ちゃんヨ。火傷したり、溺れたりしてないカシラ!」  マリリンが慌てて椅子を立とうとして、睡眠不足によるものか、よろけてロディに縋り付く。 「おっと」  ロディもしっかりと受け止めたが、目が合うと、ぱっとお互い身を引いた。 「あ、ありがと、ロディ」 「お、おうよ」 「ラドラム。生命反応が艦橋に向かってきます」 「キトゥンだろ?」 「はい。ですが……」  艦橋の自動ドアが開いた。 「ラドラム!」  ラドラムの胸に飛び込んできたのは、白くて長い艶やかな髪をなびかせた、裸体にバスタオルを一枚巻いただけの少女だった。 「なっ!? 誰だお前!?」 「ですから、キトゥンです、ラドラム。彼女は、ボディに著しく変化が見られます。幼体から、成体に成長をとげたものだと思われます」  まだ濡れた髪で、キトゥンはラドラムの胸板に頬擦りする。 「あたしもう、こんなに大きくなったのよ! 約束通り、お嫁さんにして!!」  その肌は、十七~八歳の瑞々しい白い肌で、シャワーの雫を幾つも肩に弾いて、光らせていた。 「キトゥン!?」 「そうよ。お嫁さんにしてくれる?」  ラドラムは見下ろした少女の胸の膨らみが目に入って、思わず叫んでいた。 「何でもいい! 取り合えず服を着ろ!」 「うん! マリリン、服貸して!」 「ア、アタシのじゃ大きいワヨ。新しく買わないと……」 「じゃあ買って! マリリンが昨日見てた、ウェディングドレスっていうのもね!」 「あっ」 「えっ」  マリリンとロディの目が一瞬合って、互いにぱっと逸らした。 「マリリンママと私、同じウェディングドレスで結婚式するの! 素敵でしょ?」  嬉しそうに手を胸の前で握り合わせるキトゥンに、プラチナが言った。 「ですがキトゥン、ラドラムは言いました。彼は私だけを愛していると」 「駄目よ、約束よ、ラドラム。お嫁さんにして?」  艦橋に突如訪れた恋の季節に、ラドラムは天を仰いで呟いた。 「なんてこった……!」

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