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第9話 ヒートが始まる・1

◼︎ 千早と一緒に暮らすようになって、半月以上が過ぎ、1月から半年に渡った若手官僚にとっては地獄の国会期間もようやく終わりを迎えた。 家に帰れないで泊まり込む夜もあったが、帰れる日は仮眠室で寝ずにできるだけ家に帰っていた。 千早と一緒に過ごす時間は朝食の時ぐらいだったが、今週からは夜も家で食べられるようになり、昼も千早が弁当を用意してくれるようになった。 「今日ウーバーイーツで頼むけど、高斗は? 外メシ?」 青山がスマホを片手にそう聞いてきた。彼にもようやくゼリーや栄養ドリンク以外の食事を取れるぐらいの余裕が出てきたのだ。 「俺は持ってきたからいらない」 「まじ? 珍しい」 青山がデリバリーの電話をかけている間、高斗は電子レンジで温めた弁当を広げた。 「おっ、ハンバーグだ」 昨日グルメ番組を見て、「うまそう」と言ったのを覚えていてくれたらしい。 柔らかく煮込まれたそれを箸で割って口に頬張ると、「美味い」といつもの独り言が漏れた。 『ハンバーグ美味いよ。ありがとう』 思わず感想Lineを送ると、「よかったです」とだけ帰ってきた。 彼の文面はいつも簡素だ。 だが、なんとなく、嬉しそうにはにかむ顔が思い出され、高斗もまた頬を緩ませながらスマホを胸ポケットにしまった。 ちょうどその時、近くのイタリアンレストランの宅配注文を終えた青山が、高斗の弁当を覗き込んだ。 「美味そうなもの食って……って、手作りじゃん! 女? 女か!? え、お前が? 弁当作ってくれるような女と付き合ってんの?」 「ちがう。ハウスキーパーを雇ったって話しただろ」 青山にはまだ、つがい相手の千早を、ハウスキーパーとして雇ったことは言っていない。 ただでさえΩちゃんに会わせろとうるさいのが余計うるさくなるのが目に見えているからだ。 「先週までの記憶が曖昧なんだけど…なんか聞いたような。清掃だけじゃないの? お前ん家馬鹿みたいに広いから大変そう」 「契約は清掃と維持管理だけなんだけど……すげー働き者でさ。三食作ってくれるし、掃除も洗濯もガーデニングも。あと、朝も優しく起こしてくれる。10分以上起きないと布団捲られるけど」 千早はプロの家事はできないと恐縮した様子で、高斗としてもハウスキーパーの契約は彼の保護が目的だったため、そこまでのことは求めていなかったが、彼の仕事ぶりはプロとしても完璧だった。 ガーデニングのことも料理のことも、一から勉強していると言い、本を読みこんでいる。 清掃の仕事もまだ続けていて、出来るだけ高斗の就業時間に合わせて申し訳なさそうに外出していた。 三ヶ月後はもう、高斗を頼らずに生活するためだと思うと、内心いい顔はできない。それに本当に、仕事のためだけに外出しているのかどうかも分からない。 時折、煙草のような匂いを纏わせて帰ってくることがある。彼は吸わないから、〝誰か〟からうつされたとしか考えられない。 だが、高斗は何も聞かなかった。 「待って。朝起こしてもらうって……住み込みってこと?」 「ああ」 「ええええっ!? お前が? 女の子持ち帰っても寝室にあげたくないからって絶対家に入れずにホテルで済ますような最低ケッペキ野郎じゃん。他人と同居なんて出来んの?」 「まあ、なんていうか……生理的に大丈夫な人っているだろ」 「てかハウスキーパーって女の人…だよね? 二人きりってこと? それって結構やばくない? 愛人?」 「いや、男だから……別に問題ないだろ」 「おとこ!?」 葵はますます信じられないという顔をしていたが、ハッとしてわざとらしく顎に手を当てた。 「例のΩの子…?」 「……………」 沈黙を肯定と取ったらしい。青山は突然机を叩いて言った。 「やっぱり気になりすぎる! 会わせて!」 「……いやだ」 「なんでよ。散々爺共の世話も電話番も代わってやったのにその仕打ち?」 「分かったよ、しょうがねーな」 一度ぐらい会わせないと、気が済まないだろう。 「今夜とか、どう?」 「急すぎるだろ。本当にお前は礼儀知らずだな」 「えー、じゃあ来週」 「来週は……」 ──その週は、ダメな週です。 恥じらいながら言われたことを思い出した。 そういえば、ヒートが近いと言っていた。千早はそれをひどく気にしていて、始まったら部屋に籠るから、休みが欲しいと言っている。 「来週はダメだ」 「えー、じゃあ明日」 「……とりあえず、聞いてみる」 ■ 「明日、青山さんが?」 その晩、夕食時に青山の話をすると、千早は味噌汁をよそいながら少し驚いたように振り返った。 当然面識はないが、よく話題に出しているので、千早はなんとなく高斗の会社の人間関係や名前を把握している。 「うん、嫌だよな? 断るよ」 返事も待たずに完結させてすぐにスマホを取り出そうとすると、千早が慌てて言った。 「別に嫌じゃないですよ。青山さん、面白そうだから会ってみたいですし」 「えっ」 もっと戸惑うかと思ったが、二つ返事で千早はそう言った。瞳には、好奇心の三文字が踊っている。 (青山……文月さんの好みだったりしないよな) それなりに顔もいいし、ムードメーカーで話題も人脈も豊富。 同期の中では、女子の事務員からは抜群の人気だった。その上、彼もまた血筋・能力共に優秀なα性だ。 (いやそもそも青山もストレートだし……) 何か関係が発展することはないだろう。 「どっか店を予約しようと思ってるけど、行きたい店とかある?」 「ああ、お家に遊びにいらっしゃるのかと思っていました」 「違う違う。青山の目的は家に遊びにくることじゃなくて文月さんだから」 「えっ? 僕、ですか? なんでまた……」 Ωを見てみたいからなどと言ったら、あまりにも無神経な言い方だ。 理由を答えられずにいると、千早は察したのか笑いながら言った。 「あー……男のΩって珍しいですしね。見てみたいって思う人の気持ちわかりますよ」 「……文月さん、いい奴だから心配だ」 「別に、珍しいバースなのは事実ですし、本当に気にしてないです。動物園のパンダとかスナネコとか、そういう人気者みたいになった気がしますし」 むしろちょっと嬉しいと笑った千早は本当に気にしていないようで、高斗は心の中でもう一度「いい奴で心配だ」と呟いた。

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