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第11話 まるで、恋人のように・5

かき氷を食べ終えてしばらくは服を見たり、家のインテリアに良さそうな雑貨を見て回ったりとショッピングをした。 特に明確なデートスポットに行くこともなかったのに妙に盛り上がり、気づいたら時間はあっという間に過ぎ去り、夕方近くなっていた。 腕には今日の買い物紙袋が大量にぶら下がっていて、皮膚に食い込み、痛いぐらいだった。 「千早、重くないか?」 「いや、僕より高斗さんの方が重そうですし」 「俺は大丈夫だけど……さすがにちょっと買いすぎたな」 「ですね。なんかテンション上がっちゃって……」 「キッチンマット、良いのがあってよかったな」 「はい! 新しいテーブルクロスも、夏っぽくていいですね。早く敷きたいです」 家に帰るのが楽しみだと話しながら帰路についていると、向かいから歩いてきた学生ぐらいの年頃の4~5人の集団に肩をぶつけられたらしく、千早がよろけて玉突きのように高斗の肩にぶつかった。 「すみません」 「いや、大丈夫か? クソ。あのガキ共……」 千早を抱き留めると、謝りもせずに通り過ぎて言った彼らを思わず睨む。 話し方や髪の色、服装で人柄を判断するのは今時古いのかもしれないが、そういう偏見を差し引いても素行が良いとは言い難い集団で、迂闊に注意したら逆上してトラブルになりそうだ。 千早も同じことを思ったのだろう。肩からずり落ちた紙袋を背負い直し、笑いながら言った。 「すごい人混みですから、ぶつかっても仕方ないですよ」 そう言って再び歩き出そうとしたが、集団の中に何かを見つけると、彼の目は驚愕に大きく見開かれた。 一体何事かと高斗も視線の先を追い、その中に金髪の、見覚えがある横顔の少年がいることに気づいた。 そうだ。あのときの。 千早のアパートの前で見かけた。 名前はなんと言っただろう。高斗が思い出すよりも先に、千早がその名前を呟いた。 「葵………」 向こうも千早に気づいたのだろう。 足を止めて振り返って目を見開いたが、すぐにまた背を向けて歩き出そうとした。 「……っ」 「あ、おい!」 千早は高斗が制止するよりも先に葵の元に詰め寄った。 「葵、何してるんだよ」 「何って? お友達と遊んでるだけだけど?」 葵はいかにも健全だという風に人畜無害な笑みを浮かべて言った。 「そうじゃない! ずっと連絡もないし家に行っても出ないし……」 「あんた家に呼ぶといつも嫌そうな顔してたじゃん? 今更何」 「……学校とか、ちゃんと行ってるのか?」 心配そうに問いただす千早に、何事かとキョトンとしていた他の面々が顔を見合わせて一斉に笑い出した。 「何こいつ! 葵のママ?」 「若いし綺麗じゃん! ヤれるわ」 「いや、こいつ男じゃね?」 「マジかよヤれねーじゃん」 不愉快な笑いを上げ続ける学生達に、葵は面白いオモチャでも見せびらかすように千早の肩を抱いて言った。 「このお兄さんねー、エロ動画でお前らに大人気のバースの〝Ω〟なんだよ」 その言葉に、彼らは皆歓声にも似た声をあげ、一気に沸き立った。 「……マジ? じゃあ俺がヤれるって思っちゃったのはセーフ?」 「男のΩとか、ヤれねーし。ヤれねーΩとか使用用途ないし、生きてる意味あんの」 「ヤれないかどうか今度試してみたら? いつでも誰でも、ワンコールで相手してくれるよ」 「Ωの女一人知ってるけどまじでそんな感じのメンヘラだわ」 「脳みそがセックスに特化してるからな〜。ネットで見たけど、サルとかチンパンジーの方が頭いいって」 高斗は、いくら学生とはいえ看過できない侮辱の言葉の数々に理性の糸が切れるのを感じ、中に割って入った。 葵の腕の中にいた千早を無理やり自分の元に抱き寄せる。 ここまで他人に対して、手が震えるほどの怒りを覚えたのは初めてだ。 「お前ら……っ」 「高斗さん、別に、大丈夫ですから」 千早は高斗の激しい怒りを感じ取ると、静かに首を横に振って笑った。 散々言われ慣れていると言う風に、動揺一つ見せないその顔を見て、またさらに、彼らに対する怒りが募っていく。 葵は激しい怒りをぎらつかせる高斗に目を向けると、酷薄な笑みを浮かべて千早に言った。 「あんたまだこのαに捨てられてなかったんだね。捨てられてたら、春潮に売ってやろうと思ってたのに。Ωの人権保護に尽力しているはずの〝綾鳥〟大臣の息子が、つがい相手のΩをゴミみたいにヤり捨てたって」 何を言われても顔色を変えなかった千早はそこで初めて激しい動揺を滲ませた。 「なんでそのことを……」 「綾鳥ってどっかで聞いたことあるなって思って調べたら色々出てきたよ。こんな大層なつがい相手、あんたみたいな奴がどうやって見つけたの?」 千早は拳を握りしめると、やがて眉根を寄せて笑った。 「葵ってもっと頭よくなかった?」 「……どういうこと?」 「僕達がつがいのはずないだろ? この間のは、この人がお前をちょっとからかっただけ。まさか葵が、あんな嘘に引っ掛かるような単純な奴だなんて思わなかった」 千早は証拠にと言って、自分の着ている服の襟を掴み、引き下ろして首筋を露出させた。 「お前が言う通り僕は誰とでも寝るから、色々と痕がひどいけど……傷痕はどこにもない」 本当につがいになったのなら、フェロモン腺を噛み切った際の、二本の犬歯の傷痕があるはずだと千早は言った。 白い肌に鬱血の痕が散ったその首筋を見て、学生達は興奮した様子で息を呑んだが、葵だけは、まるで放心したように傷痕のないその首筋を見つめ、やがて言った。 「………あーあ。そんなこと、言わなきゃ諦めたかもしれないのに」 「何を……?」 「今度ゆっくり話そうよ。家に来たら会ってあげるからさ」 そうして、葵は他の友人達ににこやかに「行こう」と呼びかけた。

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