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第14話 二度目のヒート・1

■ 千早はその晩遅くにひっそりとかえってきた。 微かに彼が吸うはずのないタバコの煙の匂いを纏わせていて、それに気づくと、高斗は激しい嫉妬に駆られたが、詮索はしなかった。 逆の立場だったら、千早はきっと、何も聞かないのだろう。 話をしたくない様子の千早の進路を塞ぐように立つと、高斗は低い声で言った。 「……おかえり」 「すみません、遅くなりまして……」 「どこで誰とセックスしてたかなんて聞くつもりはないけど、遅くなる時は連絡しろ。近くまで迎えに行く」 「はい、すみません。すぐ帰ってくるつもりだったんですけど……」 何の否定しないで心底申し訳なさそうに謝罪する千早に、それ以上何か言う気持ちが失せ、話を変えた。 「明日は金曜だから帰りに買い物してくるけど、なんか買ってきて欲しいものあるか? 個人的に必要なものでも」 「? 買い物は僕の仕事ですよ」 「いや、明日はもう出かけない方がいい。……ヒートの予定日、明後日だろ? こないだみたいに早まるかもしれないから」 少し声のトーンを落として言うと、千早は頬を赤らめて目線を落として頷いた。 翌日、高斗は買い物を済ませて家に帰った。他に必要なものが合ったらコンシェルジュに手配を頼めばいいだろう。 コンシェルジュには父の命令だろうと絶対に部屋に人を入れないように命じ、このマンションの住人とその関係者以外が立ち入ったらすぐに警察に通報するように伝えた。 千早にも何度かLINEを送って、特に家の中に変わりがないか、知らない人間が訪ねてきていないか確認していたが、それでもドアを開けるときには、また知らない女が立っていたらと身構えた。 だがドアを開けた時に聞こえてきたスリッパの足音は紛れもなく千早の物で、いつも通りのエプロン姿で出迎えてくれた。 (なんだろう。普段よりさらに可愛く見える……) ホッと安心しながら「ただいま」と言うと、千早はいつも通りのふんわりとした笑みを浮かべた。 「おかえりなさい高斗さん。すみません、買い物までして頂いて」 「いや、俺も買う物あったし、ちょうどいい。一応、不足の物がないか確認してくれるか?」 「はい。ありがとうございます。あの……」 「?」 「いえ、今日の夕飯、僕用意しちゃってるんですけど……大丈夫でした?」 「ハウスキーパーは一人しか雇ってないぞ」 「………それはそうでしょうけど」 「あの女が作った料理は食べてないぞ。飯が不要なときはいつも言ってるだろ」 「えっ、食べなかったんですか?」 千早が心底驚いたように目を丸くしたので、高斗は少し呆れたように言った。 「冷蔵庫の方、無くなってただろ」 「そうですけど……もったいない。気を遣わなくていいですよ。僕のは仕事なんですから、残ったら残ったで、処理の方法は僕の方で考えます」 (仕事……か) 千早が言っていることに間違いはない。 高斗が無理やり結ばせた契約で、千早が高斗に料理を作るのは仕事の一環に過ぎないのだから。 いずれにしろ、あの女が作っていった料理は今後も口にするつもりもないし、そもそも会う予定もない。何の関係もない。 そんな風に、再度あの女との関係について伝えたところで、昨日の様子では千早は「だから何だ」と言わんばかりの反応だろう。 彼には他に仕事抜きで手料理を振舞う相手がいそうだ。 そこまで考えたところで、高斗は心の中で自嘲した。 最近、少しおかしい。嫉妬心に取り憑かれすぎている。 まあいい。 これから千早はヒートの時期に入り、ベッドの上から動けなくなる。他の誰の元に行くこともない。 腹の底に黒く渦巻くようなその醜い感情を隠して高斗は「夕飯が楽しみだ」といつも通りに笑った。 その日のメインディッシュだったカニクリームコロッケの、最後の一口を口の中に入れると、じゅわっと広がった優しい味わいに高斗はしみじみと毎日呟いている言葉を呟いた。 「すげー美味かった。ごちそうさま」 千早はその反応に嬉しそうに微笑み、食後の紅茶を差し出して言った。 「良かったです。ヒートが始まるとあまり手の込んだ料理が作れなくなってしまうので……というか、この間のヒートがすごく重かったので、またあんな風になったら何も出来なくなってしまいそうで。一応、ある程度の作り置きはしておいたんですけど」 そのことについてなんだけど、と高斗は切り出した。 「今回は二回目だし、ちゃんと、話し合った方がいいと思ってさ。ヒート中のこと。俺も色々ネットで調べてみたけど、正しい情報か分からないから。千早って普段もヒートはかなり重い方なのか?」 「い、いえ。普段は薬さえ飲んでいれば大丈夫なんですけど、前回だけがすごく重くて……」 「そうか。じゃあ今回も重くなるかもしれないな」 「?」 「ネットで見た情報だから信ぴょう性ないけど……αが近くにいると、ヒートが激しくなるって。だから、前回重かったのも、俺のせいかもしれない」 ごめん、と謝ると千早は顔を真っ赤にして首を横に振った。 「それは……初耳でした」

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