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第14話 二度目のヒート・7

悪い人間? 千早は、高斗がこれまで出会った人々の中で、最も悪人から遠い人物だった。 控えめで優しくて愛情深く、どこか儚げで、むしろ悪人の餌食にならないか不安で仕方がない。 どういうことだと戸惑いがちに聞いたが、千早は答えず、静かに続けた。 「僕は……夫婦の絆も親子の絆も簡単に壊れるって、知ってるんです。一人の人と一生共に過ごすって全然当たり前のことじゃないんですよね。だからΩにとっては、つがいはリスクが大きすぎます。つがいになったら、もう一生、一人で生きていくことが出来なくなるんですから」 ぐうの音も出ない程正論だ。 ボロボロになった母のことを思い返してみても、Ωは誰かとつがいになったら、その時点で一人で生きるという選択肢を捨てなければいけなくなるだろう。 αの側はいくらでも気軽につがいになろうと言えるが、Ωにしてみれば命を預けるようなものだ。 たった二か月あまりの月日を一緒に暮らしただけの男が、命を預けてもいいと思える程信頼してもらえるとは思えない。 なんと言えばいいか分からずに言葉を失くしていると、千早がまだ疲労でぼんやりとした目を天井に向けたまま続けた。 「ただ、確かにヒートは嫌なんですよね。大嫌いなんです。辛いし、苦しいし怖いし……どうしても休まないといけないから仕事クビになったりするし……自分がΩだって、無理やり実感させられてるみたいで」 「だったら……」 つがいを見つければ楽になる。 そんな簡単な問題ではないと分かっていても、その選択をしてほしかった。 千早は寝返りを打ち、高斗の肩に頬を寄せて言った。 「でも、今回初めて、本当に初めて……、Ωに生まれて良かったと思いました」 「千早……」 「ありがとうございます。ヒートの間、ずっと傍にいてくれて……お仕事もあって、すごく大変だったと思うんですけど……僕にはすごく、幸せな時間でした」 「大変なことなんて何一つなかったぞ。俺も最高に幸せだったからな」 なんとなく照れくさて目を逸らしてしまう。 だが、確かにこの四日間は、蜂蜜の中に溶かされたように、甘く蕩けるような日々だった。 「あの……、さっきの、もう一回してくれませんか?」 「さっきの?」 振り返った千早の、細い人差し指が伸ばされ、高斗の唇に触れた。 「ああ、キス?」 千早が頬を赤らめて頷いたので、高斗はその唇に自分の唇を重ね合わせた。 「気に入ったのか?」 問いかけると千早は何度も頷いた。 その仕草が可愛くて、何度も何度もキスをした。 その日がヒートの最終日となったが、二人は気が済むまで長いこと抱き合い、飽きることなくキスを繰り返していた。

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