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第15話

「薬は……」  お薬手帳を見て、優也は薬の変化を追っていく。  医者にかかった一年半のうち、最初の四か月ほどは薬の変化があったけど、それ以降は薬の変化はなし。  だが、発作は全く良くならない。 「これもメモしよう」  優也は僕よりも熱心に、転院計画を練っている。  僕は、本当に転院できるのか信じられずにいた。  けど、優也は一生懸命メモを作成している。 「じゃあ、僕は英会話をとってるから」  優也はイギリス人ハーフの友達がいるので、ネイティブと会話している。  英会話なんかとる必要はない。 「じゃあ、また明日」  僕が講義室に入り、竹内としばらく雑談していると、優也が女の子と一緒に廊下を歩いているのが見えた。  同級生の北村さんだ。  学年で一番小柄で、化粧は上手くないけど地の顔が愛らしいのが分かる。  数の少ない情報の女子の中で一番可愛いのではないかと思う子だ。  優也はたくさんのプリントの束を抱えて、北村さんに笑顔で話しかけている。  北村さんは天使のように愛らしく微笑んでいた。優也も笑顔を返す。  優也、部活はどうしたの……? 英会話をとってない奴はもう始まってるよね?  君、誰にでも優しいんだね。  正直、そんなに背が高くない優也だけど、小柄な北村さんといるとカップルに見えてしまい、ショックだった。  涙が出てくる。  元からチャラい奴だったら、泣きはするんだろうけど、浮気されても、僕のところに帰ってきてよね! とか、言ってなかった事にしてしまうんだろうけど、優也が他の子と仲良くしている図には、かなりダメージを受けた。  真面目なだけに、手が少し女の子と触れるとか、そんなのだけで、もう見ていられない! 「春樹? 泣いてるの?」 「え……?」  竹内にハンカチを差し出されて、僕はありがとうと受け取った。  竹内みたいな地味な奴を好きになれば良かった。僕も地味だし、お似合いだっただろう。  でもこいつ、彼氏持ちみたいなんだよな……。  子どもの頃から、両親にあれをしなさい、これをしたらダメだと束縛されてきた僕は気が付いたら、上手く自分の感情をコントロールできない人間に育ってしまっていた。  感情をコントロールする方法……。  最近覚えたばかりだったじゃないか。  近づきすぎてくる奴を、拒否する。  優也は見た目、可愛くて好みなんだけど、すごく接近してきて僕は疲れてきていた……。 「優也。喫茶店で会いたい」  僕は授業が終わった後、ラインを送った。 『喫茶店じゃなくって、食べ放題の店が良い! せっかく春樹とデートなんだから! 春樹もたまにはたくさん食べなよ』  デートじゃないよ。  別れ話だよ。 「わかった」  どこでも良かった。  優也が浮気したなんて証拠はどこにもない。  むしろ、あれで浮気してるなんて思う方がおかしいのだろう。  けど、あれから、涙が止まらなくて、僕は自分が優也と釣り合わない相手なのだと気付かされた。  だから、こんなに不安なんだ。  女の子と仲良くプリントの束を持って歩いてたのを見ただけで、涙が止まらないなんて。  食べ放題の店に行く途中、手を繋ごうとした優也の手をやんわりと拒否する。 「春樹? また、町田に何か言われた?」 「町田は何も言ってない」  優也は僕の気配に気づいたようだ。 「じゃあ、どうして?」 「僕、優也とは釣り合わないって気付いたんだ。別れてほしい」 「何? いきなり? この前、ぎゅっとして欲しいって言われたばっかりで、今日も転院の相談をしてたし、君の気持ちが分からない。他に好きな奴でもできたの……?」 「……」 「君が不安定なのは知ってる。君が別れたくなくなるまで待つよ!」 「……他に好きな人ができた」  別れてくれそうにないので、ウソをついてしまった。 「そう。なら、別れる前に、キスさせて!」  手を引き、強引にトイレに連れ込まれる。  優也が希望した食べ放題の店が入ったショッピングモールのトイレは、テーマパークみたいに綺麗で涙が出てきた。 「キスされるのもイヤなんだ? ファーストキスは次の相手に取っておきたかった?」  優也の声が冷たい。  個室に連れ込まれる前に僕は気になっていたことを告げた。 「舌は……入れないで。発作を起こしたら噛んじゃうから」 「分かったよ」  優也は本当に冷たい目をしていて、優しく笑いかけてくれていたのがウソのようだ。  唇が触れ合うと、彼は理性を失くしたかのように何度も僕の唇を貪った。  初めてなのに、激しく口づけられて、僕は優也にしがみついていた。  どれだけキスしていただろう。  濃厚なキスに、優也が僕の体の一部になってしまったような錯覚を起こし、彼が離れて、現実を思い出すと涙が出てきた。 「うっ……ひぐっ……ううっ……」 「別れるなんて言いながら、どうして抱きつくの? 君、おかしいの? 涙なんか流して、僕の心を弄んで笑いものにしたいわけ⁉」 「ちがう……」 「もう、連絡してこないで!」  優也は僕を押しのけて、トイレから出て帰ってしまった。 「西田。優也と別れたって? 僕と付き合ってよ!」  朝、授業前に、石田に廊下に呼び出された。  まさかの告白。  けど、こいつ、すごくチャラそうなんだよな……。  でもいいかな。浮気されてるかも⁉ って不安になるより、あいつ絶対浮気してる! の方が安心できそう。  自分でも意味が分からないけど。 「やあ、石田。何、恋人の親友を学校で口説いてるの?」  優也が笑顔で近づいてきた。  けど、僕と視線を合わせようとしない。 「こ、恋人の親友って……⁉」  危ない。  竹内との友情まで崩壊するところだった……。 「西田、頷きかけたよな? 僕で良かったんだよな?」 「春樹が付き合いたかったのって、石田だったの?」 「ち、違う!」 「石田じゃないのに、石田と付き合う気だったんだ。随分と節操のない子だったんだね。別れてよかったよ」 「諦めきれてないじゃん。本当に別れてよかったって思ってるなら、相手の前で言わないだろ……」  石田がツッコミを入れても、優也は無視する。 「その程度で付き合うのに、僕はダメなんだ?」 「イヤになるきっかけでも……?」 「部活さぼって……北村さんと親し気に喋ってた……あれから涙が止まらなくて……」  優也と石田の目が点になる。 「き、北村だってさ! 西田、狙ってる奴じゃん! 西田と親しくならないか、監視してんの?」 「違うよ! 足をバイト先でケガしたのに、宮下が先生から運ぶように渡された重たいプリントの束を北村さんに押し付けたから、可哀想で……!」 「相変わらずの偽善者っぷりー!」  僕は何か勘違いを……? 「何それ……」 「転院の計画の話、今日もやるからね! がんばろうね♡」  優也が僕の首を掴む。  突き放さないと……今度こそ、完ぺきに振る!  が、優也は僕に微笑みかけてきた。  まばゆい……。 「優也……スキ……」  キスされた時に、心を食べられてしまったようだ……。 「うん♡ 僕も春樹がスキだよ♡」  どうしよう……僕、優也がいないと生きていけないメンヘラへの道、まっしぐらだ……。  優也はしっかりと、僕の肩を掴んで教室に入った。 「北村さん、おはよう♡」  優也は北村さんに挨拶する。 「おはようございます……」  北村さんは口元には笑みを浮かべているが、目は笑っていない。  が、優也は知ってか知らずか、言葉を続ける。 「北村さんのおかげで、春樹とキスできたんだ♡ ありがとう♡」 「西田君、騙されないで! この人、いつも安物の服着てるし、上級生とすぐに喧嘩する品のない男なのよ! 西田君は騙されてるのよ! あなたと釣り合わない相手よ!」 「上級生と喧嘩したのは、俺が部活でイジメられそうになったから……」  町田が珍しく、困惑した様子で、僕に言い訳する。 「君がこの前、引っ搔いてくれた手の傷も治ったよ。また引っ掻いてね♡」  北村さんは優也の言葉に青白い顔をして、教室の隅っこに逃げていった。

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