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第4話

   それから数時間後、満席つづきの繁盛ぶりにスタッフ一同大わらわだった。羽月は厨房とフロアを忙しなく行き来する合間に、涼太郎の様子を窺いがてら目の保養をした。  剣道の有段者というだけあって動きにキレがあり、千鳥足で化粧室に行く客を巧みによける。大ジョッキの持ち手、かけることの三を右手でひとまとめに握り、メガ盛りの唐揚げの皿を左手で持っても余裕があるあたり、バイト初日にして立派な戦力だ。  あれは指が長いからできる芸当で、あの、すんなりした指で後ろをかき混ぜてもらったら「あんあん」さえずりまくっちゃうだろう。  ことほど左様にビッチ妄想は全開だったものの、あどけなさの残る顔は人畜無害という美しい幻想を生み、万人受けがする。今日も今日とて飲み物を追加するのにかこつけて女子会の席から何度も呼び止められ、そのたびにLINEのグループに誘われた。 「お客さまと連絡先を交換するのは禁止って規則なんです、ごめんね」  拝む真似をしてみせながら、心の中で付け加える。きみたちにペニスが(そな)わっていれば即OKなんだけれどね──と。  ところで酒癖の悪い客に限って、夜が更けるにつれて動きが活発になっていく。折しも全席禁煙を謳う一階の片隅で、紫煙が棚引きはじめた。  いささか柄のよろしくない男性三人組の仕業だった。犯罪すれすれの武勇伝を大声で話すわ、焼き鳥の串とストローで吹き矢ごっこを始めるわ(羽月も的にされた)、バイトの女の子のお尻を撫でるわというぐあいに、かねてから顰蹙を買いまくっていた男たちだ。  羽月がたまたま、くだんのテーブルに最も近い場所にいた。貧乏くじを引くかと、ため息をつき、それでも毅然と且つにこやかに注意した。 「煙草はドアの外に置いてある灰皿のほうでお願いします」  すかさず顔をめがけて煙を吹きかけられた。当然のことながらむせると、 「汚ぇな。ここ、唾が飛んだぞ、ここ!」  腕をぬぐったおしぼりが飛んできて、額に命中した。ナイッシュー、と仲間がげらげらと嗤い、おツムの中身は猿以下です、と言っているようなものだ。  さらに男は吸殻をハイボールのグラスに弾き入れた。そのグラスを羽月に突きつけて、飲め、と凄む。仲間が一気コールで囃し立てると、両隣のテーブルの客がそそくさと椅子をずらし、あるいは伝票を手にした。

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