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第9話

「アイデンティティが崩壊する……」  羽月はお盆を押しやると、テーブルに突っ伏した。じゃんけんに勝ってゲットした、学食の人気ナンバーワンメニューにして一日限定十食のカツ重定食は、手つかずのままだ。  そのお盆が、そろりそろりと須田の手元にずれていく。すかさず奪い返すと同時に箸をつけた。絶妙の甘辛いタレといい、ジューシィな肉汁といい、卵のふわとろ加減といい、一流店並みにクオリティが高い。  なのに一向に箸が進まない。八十歳……いや、九十歳のおじいちゃんだって勃たせてみせる自信があった。ところが涼太郎ときたら、鼻先にぶら下がっている松坂牛のステーキを叩き落としたうえに、踏みにじるような真似をしてくれたのだ。  くぅ、と呻いて、ヒレカツの衣を剝ぐ。涼太郎も裸にひんむいて、先っぽがすり切れるまでいたぶってあげなきゃ気がすまない。ふた切れまとめてヒレカツを頬張り、そこでにわかに不安に襲われた。  もしかするとひび割れたグラスから水が洩れるように、いつの間にかビッチ力が衰えていて、だから真価を発揮できなかったのだろうか。  折しも気むずかし屋の教授が、斜向かいの席でサンマの塩焼きをほぐしはじめた。裏を返せば実験台にもってこいだ。さっそく険しい皺がきざまれた眉間めがけてフェロモン・ビームを発射する。  箸づかいに変化が生じ、サンマが細切れになった。教授は夏場の犬さながらハッハッと舌を出し、あたふたと上着の前をかき合わせた。  羽月は、にんまりした。ごまかしても手遅れで、スラックスの中心がテントを張る瞬間をばっちり目撃した。これが普通の反応で、おいでおいでをすれば、教授はスポーツの秋にふさわしく括約筋と海綿体で行う運動に嬉々としてつき合ってくれるに違いない。  やはり涼太郎のケースは異例ずくめなのだ。  元気が出ると、真っ黄色のタクアンさえ美味しい。打って変わってぱくつくさまを見て、須田が眼鏡を押しあげた。 「メンタル(つえ)ぇな。もちろん、リベンジするんだろ」 「千人斬りをなし遂げる逸材、とゼロ歳児にして太鼓判を押されたビッチさまに向かって愚問中の愚問だ。狙ったペニスは必ず食う。それが、おれの生きざまだ」  天使の笑顔でそう宣言し、無差別フェロモン攻撃といく。学食に居合わせた男子の股間はそろって湿り気を帯び、あっは~んな空気が流れた。

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