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第10話

   そうだ、涼太郎がフェロモンの魅力にひれ伏して自らパンツを脱ぎ去るまで決してあきらめない、とエロを司る神に誓う。落ちぬなら落としてみせようホトトギス。手間暇をかけたレポートが高評価を得るのと同じ理屈だ。腕によりをかけて涼太郎をベッドに引きずり込めば、〝努力〟という味つけがほどこされたぶん、ペニスはいっそう旨みを増すこと請け合いだ。 「まっ、いちおう応援するし、活用しな」  須田は棒読みでそう言うと、財布からつまみ出したものをお盆の上に落とした。それはナマに近いつけ心地が売り物のコンドームだ。 「ありがと。リベンジに成功したらAランチをおごる……くすぐったいと思ったら」  くだんの教授がいつの間にか足下にひざまずいていて、太腿に頬ずりして曰く、 「わたしの研究室でデザートはいかがかな。少々、しなびているが自前のバナナを」  基本的に来るペニスは拒まない主義とはいえ、例外はある。その一、彼女持ちおよび妻帯者のペニスはお断り申しあげること。その二、フェロモンはあくまで性生活の充実を図るために用いるもので、金儲け等の手段に悪用しないこと──だ。  その一に該当する教授をやんわりとどかしたせつな、通知音が鳴った。須田が少々黒いLINEを送ってきていた。 〝手なずけとけば大学職員の空きに口利きしてもらえて、就活しなくてすむかもよ〟。  テーブルの陰で、むこうずねを蹴って返す。羽月は催眠術を解くふうにぽんと両手を打ち鳴らすと、教授がきょとんとしている隙に学食を後にした。須田も倣い、腹ごなしにキャンパスをぶらぶらする。  涼風(すずかぜ)が銀杏並木と戯れ、木洩れ陽が石畳に幾何学模様を描く。昼時とあって学生たちは広場に点在するベンチや芝生にひと塊になり、おしゃべりをしたりダンスの練習をしたりと、にぎやかだ。  東京郊外の丘陵地帯に移転してきたM大の敷地は広い。文系の学部は麓寄りに位置し、理系の校舎群はだらだら坂を登りつめた先に建ち並ぶ。  工学部のシンボル、時計塔を振り仰ぐと武者震いがした。教授がスズメなら、涼太郎はさしずめイヌワシ。教授がイワシなら、涼太郎はホンマグロ。そして希少種であればあるほど落とし甲斐がある。 「わかった! たぶんこれが正解かも」 「急に叫んで、不気味くんかあ?」  思い切り背中をこづかれたが、羽月は白い歯をこぼした。そうだ、涼太郎は鼻かぜをひいていて、フェロモンが効かなかった理由(わけ)はたぶんそういうことだ。自信を回復したことでもあるし、腕に()りをかけてあの野暮天を骨抜きにしてやるのだ。  と、気合を入れ直し、アクロバティックな体位にも対応できるよう、股関節の可動域を広げるストレッチをやりはじめる。そのときスマートフォンが振動した。 「非通知の電話か……いやな予感」  通話ボタンを押すと、黒板を爪で引っかく音をBGMに、死ね死ねビッチ、死ねビッチ、とキィキィ声が耳をつんざく。妙な面白さがある、とスピーカーモードに切り替えて須田にも聞かせる。 「ストーカーを一匹飼っちゃったみたい」 「うれしそうに、チ〇ポハンターの勲章だろうが。おまえもそのうち、道ばたで刺される運命な」 「どっちが先か、須田と競争だね」  ビッチとヤリチンは、燦々と陽射しが降りそそぐなかで互いの健闘を讃え合った。

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