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第13話

 勝機は我にあり。ローテーブルを挟んで向かい合って座り、くの字に膝を立てた。その膝にカットソーをかぶせるふうに裾を目いっぱい引っぱると、ぽつりと浮かぶ影がある。  羽月は、こころもち胸を張った。おれの乳首はちっちゃくてピンク色で、なおかつ感度抜群と三拍子そろっているのだ。身じろぎするたびに乳首の輪郭がほのかに浮き出るさまは、そそるよな。  遠慮はいらない、つまむなり、ついばむなり好きにしてくれたまえ。欲望の導火線に点火するのは、きみだ。さあ、スイッチ・オン……!  涼太郎はシャープペンシルに芯を補充していた。 「ちょうどキリがいいところに来た。夕飯にパスタを茹でるが先輩も一緒にどうだ」 「だから、タメなんだから先輩はいらない、呼び捨てでいいって。こんど先輩って呼んだ ら罰金を取っちゃおうかなあ」  乳首を餌におびき寄せる作戦は失敗したが、今のはほんの小手調べだ。仕切り直し、と大げさにクシャミをしながら、すがりつくような眼差しを向けた。  濡れて寒い、着替えを貸そう、という運びになるはず。スウェットシャツにしても涼太郎のものはワンサイズ大きいだろうから、そいつをせしめしだい「ぶかぶか」の発動だ。  そう、長めの袖口からほっそりした指先が覗く、萌え心をくすぐる演出で眩惑してあげるのだ。 「髪をきちんと乾かさないと風邪をひく」  スウェットシャツの代わりにドライヤーを渡された。温風が首筋に心地よくて、泣けた。  フェロモンに無駄に耐性がありやがって、いいかげん悩殺されんかい! 羽月は笑顔をこしらえる裏で、こっそり舌打ちをした。  カットソーの裾をさりげなくめくり、バッチ来い、と手をひらひらさせたものの、涼太郎は一顧だにしないでかたわらをすり抜ける。鼻歌交じりに湯を沸かしはじめるとは、食欲が優先順位で勝るのか、おい!  とっぷりと暮れ、雨脚が強まった。羽月が靴下の毛羽をむしっている間に、ナポリタンが出来上がった。具はピーマンとソーセージと玉ねぎプラス、缶詰のマッシュルームと完璧な布陣だ。  さっそくフォークを手にした羽月にひきかえ、涼太郎は正座に膝をたたむ。いただきます、と手を合わせる。  神妙に倣いつつ腹の中でぼやく。鴨がネギと共にぐつぐつと煮えているような状況にあるのだから、こちらに先にかぶりつきなさい、と声を大にして言いたい。  だがペニスをたらふく食べるのは体力勝負で、腹ごしらえをすませておくに越したことはない。なのでナポリタンを口にしたとたん、目を輝かせた。 「うまぁい! ソースにコクがあって店のよりマジ美味しい」 「お褒めにあずかり恐縮だ。隠し味は小匙半分のミソで……先輩は自炊をするのか」 「おれ? んんん、得意料理は肉じゃが」  嘘っぱちだ。例えばご飯を炊くと、お粥をすする羽目になるか、お焦げを量産するのが関の山だ。しかし嘘も方便という。伏線を張っておけば、この将来(さき)〝胃袋を摑む作戦〟にシフトする必要に迫られたときに生きる。

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