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第14話

「そうだ、乾杯しようよ」  羽月は持参のワインを恭しく差し出した。宅飲みのメリットは酒量があがりがちになる点にあり、酔うと(たが)が外れやすくなるもの。手ごわい相手をモノにするためには臨機応変にいかなくちゃ。コンドーム一ダースと新品のローションよ、出番はもうすぐだ、しばし待て。  そうだ、大切なことを訊くのを忘れていた。 「白石くんてモテそう。恋人はいるの」 「過去、現在いない。結婚するまで貞操を守るべし。それが我が家の家訓だ」  家訓、と鸚鵡返(おうむがえ)しに呟いて舌を嚙み、貞操とつづけてワインにむせた。もしもーし、ご実家は修道士の養成所か何かですかあ? とツッコミたいのはさておいて。  つまり天然記念物級の童貞。まっさらな躰にあんなことやこんなことをして、手とり足とり自分色に染める。腕が鳴り、後ろが疼き、舌なめずりまでしちゃう。  涼太郎がグラスを傾けるそばからせっせと()ぎ足した甲斐あって、ボトルは瞬く間に空になった。お互い裕福とは言いがたい身。貴重なストックから牛肉の大和煮の缶詰と焼酎を提供してくれるとは太っ腹、いや、神が降臨したのか。  確かに胡坐をかいて背筋を伸ばし、焼酎のロックを手酌で()るさまは、蓮の(うてな)にある仏を髣髴(ほうふつ)とさせるものがあるような、ないような。  しかし真におもてなしをしてほしいのは胃袋より〝穴〟で、()でよペニスと、かまびすしい。 「なんだか、微妙に暑いかも」  羽月はわざと舌足らずな口調で囁きかけて、ほろ酔い感を演出した。ベッドに頬杖をつき、横座りに足を投げ出す。そのうえで衿ぐりをばたつかせて、胸元に風を送る。  即ち、ほんのりと桜色に染まった肌がちらつく寸法だ。男はチラリズムに弱い生き物で、この技で数多(あまた)のペニスを虜にしてきた。なのに切れ長の目には、なまめかしい光景を遮断する機能が搭載されているのかもしれない。  涼太郎は顔色ひとつ変えないどころか、 「邪道だが、こうすると風味が増す」  ほぐした大和煮にキムチの素をまぶし、小皿に取り分けてくれる。 「あ……」  羽月は、涼太郎と小皿を交互に見つめた。冗談めかして、こんな提案をしてみたい誘惑に駆られる。「あ~ん」一回につき一ポイント加算される仕組みで、累計五十ポイントで、なんと! 顔射のサービスが受けられまあす。さあ、早速「あ~ん」を──。  焼酎の水割りをひと口すする。相手は、下ネタはNGっぽい童貞くんだ。話にノッてくる以前にどんびきするのがオチで、下手をすると叩き出されてしまうかもしれない。そうなっては元も子もない。

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