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第15話

   聞こえよがしに、且つ悩ましいため息をついたが、やはりリアクションはゼロだ。窓は締め切られているうえに、物理的な距離も近い。フェロモンを詰めたカプセルに閉じ込められているような環境にありながら、ダイヤモンドの原石が眠っているに違いない股間は、どうしてぴくりともしないのだろう。  ふと思いつき、しとやかに膝をたたんだ。貞操云々とアナクロいことをのたまう人種は、統計によると小悪魔系より清純派を好む傾向にある……んじゃないのかな? 「本降りになったな。先輩、雨があがるまでゆっくりしていってくれ」  キャラ変を図ったのも虚しい。涼太郎は、悠然と氷を取りにいく。  ジーザス、と羽月は天井を仰いだ。百発百中を誇る矢が、透明な壁にことごとく跳ね返されてしまう気分だ。予定では今ごろ深々とつながって、激しく腰を振っていたはずなのに誤算の連続だ。涼太郎はめっぽう酒に強い。ハイピッチでグラスを干してもケロリとしているあたり、ザルというより俗にいう枠。  酔わせて下半身のガードをゆるめるつもりが、仕かける側が酔いつぶれてしまっては洒落にならない。羽月は水をがぶ飲みしてインターバルを置いた。そして苦渋の選択をした。  時期が来ればぽろりと落ちる椿の花さながら、ペニスがフェロモンの魔力に屈してガウガウと迫ってくるよう仕向ける点にビッチ道の醍醐味があるものの、やむをえない。アグレッシブな方向に路線変更だ。  ローテーブルの向こう側に膝をにじらせた。涼太郎の隣に、ちょこんと座る。酔うとキス魔に変身する人間は多い。それの親戚でスキンシップが激しくなるタイプを装い、肩口に頭をもたせかけると、吐息でこめかみの毛をそよがせるふうに囁きかけた。 「酔っぱらちゃった、眠ぅい……」  仰のき、殊更ゆるゆるとまばたきをする。そのさい、それとなく唇を突き出したのは、万国共通のキスを乞うサイン。  カビ臭い家訓なんか、ゴミ箱に放り込んでしまえ。据え膳は黙って食う。それでこそ日本男児だ。  衣ずれが期待感を高め、羽月は忍び笑いを洩らした。白石涼太郎くんよ、いくぶん腰をずらした理由(わけ)は、むくむくとムスコがそびえ立つ(きざ)しを見せたからに相違ないのであろう。  とびぬけて敏捷な鹿を追って森じゅうを駆け回った狩人のごとく手こずらされたが、おれが本気を出せばざっとこんなものだ。恐らくファーストキスだろうから、舌のからませ方から口づける角度を変えるタイミングの合わせ方に至るまで、熱血指導といこうじゃないか。  まずは唇を重ねてきやすいように、と首を傾ける。

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