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第20話

 カメレオンのように周囲に溶け込むべく、最後列の席に落ち着いて一応ノートを開く。すべての席が埋まったあたり、人気がある講義のようだ。現に、人工知能がどうしたこうしたと教授が熱弁をふるうたびに、学生は一斉にうなずいたり爆笑したり。  しかし根っから文系の羽月にはチンプンカンプンで、睡魔との闘いと化した。この九十分間を利用して涼太郎を視姦……訂正、つれないペニスを奥園にご招待申しあげるための秘策を練るのだ。ワンダフルナイトの実現を期して欠伸を嚙み殺し、ノートを睨む。  二重線で消された〝お色気作戦〟が哀れを誘う。セクシー路線は、てんで通用しなかった。現状を打破するには、発想の転換が求められているのだ。  ひらめいた、〝泣ける〟というのは鉄板の要素だ。涼太郎がほろりとする物語をこしらえて、羽月の心の傷を癒やすにはペニスが必要だと信じ込ませて、しかるのちにベッドに引きずり込む。  トラウマを克服するにあたっての特効薬がペニス? その設定は無理がありすぎ、と頭を抱えた。  消しゴムをちぎっては丸める。ウインクひとつで百のペニスを釣りあげる、という伝説の持ち主である自分が、金魚すくいのポイでメカジキ漁に挑むように苦戦を強いられるとは思いもよらなかった。  いや、弱音を吐くのは禁物だ。これまでの苦労が報われる日が必ず訪れる。  マツタケ、エリンギ、シメジ、シイタケの絵をノートに描き散らす。涼太郎の形状にもっとも近いのは、どのキノコだろう? ふと気がつくと右側に、左側にと配した相合傘がページを埋め尽くしていた。  ぎょっとしてそのページを破り、細かく細かく引き裂いた。  ひと昔前の乙女のような悪戯をしでかしてしまうとは、脳のどこかの伝達経路に異常をきたしたのだろうか。だいたい特定のペニスにこんなにも執着することじたい初めてで、戸惑うものがある。  自他ともに認めるペニスキラーではあるが、ではゲイかと言えば別にそうではないと思う。というより恋愛感情そのものが、理解しがたいシロモノだ。要するにエッチは気持ちがいい、そして千人斬りを達成するのに越えなければならないハードルのひとつが涼太郎のペニスだ。  もやもやするものを持て余し、ついでに頭痛までしてきた。通学用のリュックサックを枕に頭を載せたせつな、教室の前方に視線が吸い寄せられた。涼太郎の後ろ姿は、背筋がすっと伸びていて綺麗だ。なのに襟髪に寝癖がついたままで、それがと思うなんて、頭に虫が湧いたのだろうか。

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