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第22話

 ふだんの羽月であれば、視界いっぱいに広がるエプロンを鼻でかき分けて、デニムのファスナーを歯で下ろしにかかる場面だ。だが悪ふざけと受け取ってもらえるか(はなは)だ疑問で、金縛りに遭ったようにかえって指一本動かせない。  と、衣ずれが耳許で響いた。 「つき合いが浅い身で云々するのはおこがましいが。常にニコニコして元気な先輩が、今夜はテンションが低い」  肩をすくめて返し、巣穴から恐る恐る顔を出すプレーリードッグのように、どぎまぎしながら視線を上にずらす。そのせつな、丼を取り落としそうになった。  凛々しい顔が、鼻の頭が触れ合うばかりの近さにあった。涼太郎は、彼自身の額と羽月の額に左右の掌をそれぞれ当てて、鹿爪らしげに眉を寄せる。  突然の異常接近は心臓に悪い。羽月は完全に固まり、生娘みたいな反応が我ながらキモい、と嗤った。  そのくせ胸がきゅんとして、手を払いのけるタイミングを逸する。人肌の温もりは、理屈もへったくれもなく心地よい。   思い起こせばビッチの歴史に新たなページを開いた中学二年生の夏。初エッチにもかかわらず、自ら〝穴〟をさらけ出してみせるほど落ち着き払っていた。  なのに現在(いま)は、されるがままという体たらく。古典的なやり方で熱を測ってくれる、この機に乗じてお医者さんごっこに移行し、ボクが先生役、キミが患者役で、ペニスの精密検査を行うのがビッチにふさわしいのだが。  と、まごまごしているうちに手が離れていった。 「平熱のようだが顔色が優れない。早退(はやび)けして休養をとるべきだ」 「おっ、おれが作る肉じゃがは絶品だと評判なんだ。うちに食べにこい!」    すべった、完璧にすべった。羽月はそう呻いて髪の毛を搔きむしった。素直に礼を言って、純真なキャラっぽさをアピールしておけば、来たるペニスの収穫祭の日に向けて布石を打つ形になった。  現に涼太郎は、訝しげに目をすがめる。ひと呼吸おいて表情をやわらげた。 「ありがたい申し出だが、生憎と来週いっぱいは課題の模型造りで忙しい」 「じゃあ、さ来週の月曜日とかは」  月曜が駄目なら火曜日、火曜日に先約があるなら水曜日。などと確約を取りつけようと躍起になりたがる自分に、鳥肌が立つ。のようにすがりつくなんて、おれらしくない、おれらしくない、おれらしくない……! 「では、さ来週の月曜日におじゃまする」  進軍ラッパが頭の中で鳴り響いた。これで涼太郎はまな板の鯉も同然で、いささか意地の悪い笑みに口許がほころぶ。願かけに茶を断つ(ひそみ)に倣い、ベッドの上で名シェフぶりを披露する運びとなるまでペニス断ちをしようと思い立つ。

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