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第24話

 あとは涼太郎が、のこのことやってくるのを待つのみ。今の心境は、さしずめ巌流島に先乗りした佐々木小次郎だ。  月が浩々と照り、約束の時間ぴったりにインターフォンが鳴った。待ちわびていたと思われるのは癪で、わざと二十数えてから応対に出ると、 「本日はお招きにあずかり恐縮だ」  涼太郎は玄関先で腰を四十五度に折り、きちんと靴をそろえてから部屋にあがった。ちなみに手土産はビールの六缶パックだった。 「なるほど、いい匂いがする。先輩の手料理が楽しみで、腹をすかせてきた」  ──ビッチの分際でおままごととは片腹痛い……。  ブルゾンを脱ぐさい衣ずれにまぎらせて、小声でそう毒づいたように聞こえたのは空耳だろうか。 「肉じゃが、温めなおしてくる。座ってな」  羽月はソファに顎をしゃくると、台所に立った。とろ火で煮返している間中、企みに満ちた光が瞳の奥できらめく。  白石涼太郎よ、自宅で丸洗いできる着脱式のカバーがかかっているそのソファを舞台に、どんなエロエロしい光景が繰り広げられ、何本のペニスが〝いい仕事〟をしたかなんて夢想だにしないだろう。  貴君の命運は靴を脱いだ時点で尽きた。何百個ものジャガイモの皮をむくことで手首が鍛えられ、今や秒速で裸にひんむく自信がある。のちほど電光石火の早業を御身において披露しようじゃないか。 「延べ床面積は俺の部屋と同じくらいだな。でもロフトを独立型の寝室として使えるぶん、生活にメリハリがつきそうだ」  涼太郎は頭上に張り出した柵を摑んで伸びあがり、物珍しげにロフトの中を見回した。カーペット敷きか、天窓があるんだな、と好奇心を燃やしたあとで、バツが悪げに頭を搔いた。 「プライバシーを侵害する真似をして、すまない」 「ぜんぜん気にしない。うっかりまっすぐ立つと天井に頭をぶつけちゃうのが欠点だけど、秘密基地っぽくて寝心地がいいんだ。試しに上がって寝転がってみなよ」  そう、最初はどの体位で番うかを決定するにあたって、足が柵からはみ出すか否かを確かめられて好都合だ。 「いや、無作法な振る舞いにおよんで汗顔の至りだ」  そう言ってソファにしゃっちょこばるさまに、羽月は菜箸をへし折ってしまった。素直にロフトに横たわってくれれば、すぐさま追いかけたうえで梯子を取り外し、いわば袋の鼠という構造を生かしてマットレスに押し倒す、という理想的な展開に持っていけたのに肩透かしか。

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