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第28話

 涼太郎が、ぴくりと身を引いた。蛸が海中に沈めておいた壺に入りかけた直後、危険を察知して後ずさりをしたように。  かつてない好感触に力を得て、フェロモンを放出する。いかに難攻不落のカタブツといえども、至近距離で必殺技を繰り出されたら、くらりと来るものがあるはずだ。  設定に即した位置どりと見せかけて、ソファに並んで腰かけた。肩に指を這わせるもよし、膝に手を載せるもよし、前戯に持っていくにうってつけのポジショニングだ。しかし三度目の正直で発情するどころか、涼太郎はかしこまって曰く、 「俺は人情の機微に疎いきらいがある。指導のほどを、よろしく頼む」  色気の欠けらもない科白に、涙がちょちょ切れるようだ。このペニスの防衛ラインは万里の長城に匹敵する総延長を誇り、高さのほうも成層圏に達する代物(しろもの)なのだろうか。  がんばれ自分、と拳を握った。その拳を顎にあてがい、小首をかしげがちに上目づかいを交えて、裏声を張りあげた。 「白石さんってぇ、ロボットの勉強をしてるんだぁ、すごぉい。ペ〇パーくんとか、ア〇ボみたいな可愛いの、あたしも欲しいなぁ」    イマドキこんなカマトトいねぇよ、とジンマシンが出そうになった。だが童貞くんにはデフォルトのほうが理解しやすいに違いない、と踏んだ。現に少なからず動揺したようで、涼やかな目許に赤みがさす。  羽月はにんまり……もとい、はにかんだ笑みを浮かべた。ぶりっ子キャラの路線でもうひと押し、と息を吸い込んだときインターフォンが鳴った。  ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン……! 「びっ、びっくりしたぁ。宅急便とかでも、ありえない鳴らし方だよね」  玄関に行きしな、ドサクサにまぎれて首筋にタッチ。UFOキャッチャーで言えば景品を吊りあげて喜んだ次の瞬間に邪魔してくれやがったのは、どこのどいつだ。新興宗教の勧誘員だろうが、不用品の買い取り業者だろうが、もれなくそいつの穴に丸めたパンフレットをぶち込んでやる。  などと全身に殺気をみなぎらせてドアを開けるが早いか、須田が転がり込んできた。 「助けてくれ、七股かけてるうちの水曜日担当の彼女がナイフを持って追いかけてくる。かくまってくれ!」  と、わめきながら鍵およびドアガードをかけるさまは、お尋ね者そのものだ。 「来客中につき協力しかねます。悪しからず、失せやがれ」  羽月は腕を目いっぱい広げて沓脱ぎに立ちはだかり、入れろ、帰れ、と押し合った。 「肉じゃが作りの功労者さまに冷てぇじゃねえか。俺のチ〇ポがちょん切られてカラスの餌にされるかどうかの瀬戸際なんだぞ!」 「バトルリン腺液にまみれたペニスの末路なんか知ったこっちゃありません、だ」  すげない返事に対して、須田は、涼太郎に顎をしゃくりながら囁きかけてきた。 「あれが、例のやつだよな? ああ、なんだか急に発声練習がしたくなって口がむずむずするわ。四ノ宮羽月は三度の飯よりチ〇ポが好きなクズいやつで、あんたの肉棒に興味津々……って叫びたい気分」 「須田の冗談はセンスないなあ。わかった、嵐が通り過ぎるまで休んでいきなよ」  かくして黒い密約が結ばれた。まではよかったが、須田はなぜか爆弾を投下する真似をした。

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