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第29話

「どうもぉ、四ノ宮のの須田直希でぇす。俺もM大生で白石くんだっけ? の噂はかねがね。あのさ、間男くんって呼んでいい?」 「誰がカレシだ、何、デタラメこいてんだよ! スマホを出せ、水曜の彼女におまえの潜伏先をチクってやる!」    羽月は須田の胸倉を摑み、すると尻たぶをねちっこく揉まれた。  涼太郎は呆気にとられた様子で低次元の争いを黙って眺めていた。カレシ、間男、と繰り返し唱えたすえに、両手の指でハートを形作った。 「つまり、ふたりは恋仲であると」 「違……っ!」  羽月は全身で否定し、しかし、すかさず掌が口にかぶさる。「こいつは筋金入りの女好きだ」は、ふがふがとくぐもる。  羽月は、あえて掌を舐めて返した。猿ぐつわのごときそれが、わずかに離れるのを待ちかねてもがくと、はずみで須田の鳩尾に肘がめり込んだ。 「須田くぅん。ちょっと、こっちで話そうか」  須田は躰をふたつに折って呻き、そんな彼の耳たぶを摑んで浴室に引っぱっていく。所詮は似た者同士、腐れヤリチンだの、くそビッチだのと小声で罵り合う。  涼太郎は、といえば。リピート機能が働いているように、間男、と陰にこもった顔つきでぶつぶつ呟きながら洗い物をすませる。羽月が須田を言い負かし終えたときには、すでに靴を履いていた。 「愛の巣に押しかけてしまい、申し訳ないことをした。おいとまする」 「待てよ、カレシってのはデマカセだから。あいつは追い返すし、飲みなおそうよ」    羽月は裸足で沓脱ぎに下りた。ひとたび舌なめずりをすれば、我先にとペニスが群がる。かくもビッチの誉れが高い自分が、たかが涼太郎ごときに取りすがる。なりふりかまわずというさまが我ながら滑稽で、ひぃひぃと笑いころげるようだ。  おまけに、こんな頓珍漢なことを言われた。 「痴話喧嘩を見せてもらって、社会勉強ができた」  疎外感、嫌悪感、はたまた失望感、あるいは嫉妬。どんな感情が心の中で渦を巻いているのだろう。どうとでも解釈できるふうに横顔が複雑にゆがんで見えるのは、光の加減にすぎないのか。  涼太郎は今いちど頭を下げると、うつむきがちにドアを押し開けた。そこで肩越しに振り向き、須田を()めすえた。  何本もの氷の矢が放たれたようだった。羽月は息を吞み、須田は凍りついた。  ──カレシ持ちに未練たらたらの、あいつが不憫だ……。  折しも救急車のサイレンがこだまして、謎めいた独り言をかき消す。ドアが閉まり、足音が遠のいていく。羽月は、上がり框にがっくりと膝をついた。 「おれの……おれのペニスが。今夜こそ! すり減るまでハメたおしてあげるはずだったペニスに、また逃げられた」  再び計画倒れに終わるなんて、悪夢だ。ペニスコールもかまびすしい最奥の疼きを、どうやって鎮めろというのだ。

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