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第33話

 今しも木刀が一閃した。白刃(はくじん)めいてぎらりと光ったように見えた瞬間、正面から斬りかかってきた敵を()ぎ払った。すばやく反転すると、背後から忍び寄りつつあった敵を袈裟懸けに斬る。  残党はたじたじとなり、へっぴり腰で後ずさる。涼太郎はいちど目をつぶり、呼吸を整えると、木刀を大上段に構えた。  三人まとめてかかってこい、と挑発するふうだ。乙女ゲームから美剣士が飛び出してきたようなひとコマに、スマートフォンが一斉に向けられる。  羽月は、袴の裾からちらちらと覗く素足に視線を這わせた。腰の紐をほどいて袴をずり下げる、裾をたくしあげながら汗ばんだ太腿を撫でまわす。どちらも、とっても楽しそうで、これは究極の二択だ。  きっと涼太郎は、くすぐったげに身をよじるだろう。そんなオイシイ場面を想像するそばから眉根が寄る。だって、あまりにも水臭い。何時何分にどこそこで、こういうことをやる、と教えてくれてもいいじゃないか。  事前に知っていたら町娘の扮装で飛び入り参加して、「お侍さん助けてぇ」と、ドサクサにまぎれて涼太郎に抱きついていた。偶然通りかかったおかげで勇姿を拝めたものの、こんなパフォーマンスがあったことすら知らずじまいに終わっていた可能性大だった。  不意に、ぞっとした。涼太郎にとって自分は単なるバイト仲間にすぎなくて、友だち認定さえされていないのか。 「あいつなんか、ハメ捨てにするペニス以上でも以下でもないもんねえ……だ」  と、鼻で嗤っても、瞳が翳る。  さて、これも演出のひとつだろう。残党のうちのふたりが、涼太郎を挟み撃ちに、両側から同時に木刀を打ち下ろした。涼太郎は十文字を描く形に木刀をひと振りすると、こちらの顎には(つか)を、あちらの鳩尾には剣先をみまい、返り討ちに仕留めた。  残念なことに血しぶきはあがらない。それでも時代劇では定番のひと幕「無念だぁ……」が、コテコテに演じられた。  どうと、ふたりが倒れて土埃が舞う。涼太郎はにこりともしないで木刀を握りなおし、血糊を振り払う仕種をみせた。  拍手が起こり、羽月も力いっぱい手を叩いた。その間も青竹のようにきりりとした立ち姿に目を奪われたっきりで、そのうえ頬が火照ってしょうがない。人いきれがするせいだ、と思う。それにしても異様なほど頭がくらくらする。  あたりを見回した。校舎の屋上からM大祭と染め抜かれた垂れ幕が下がり、陽気な音楽が聞こえ、笑顔の花が咲く。  学園祭に特有の華やいだ雰囲気が漂う反面、ちょっとしたカオスだ。なのに涼太郎の姿だけはスポットライトが当たっているように浮きあがって見えるのは、なぜなんだろう?  もしかして、もしかすると。この、おかしな現象が俗に言う「ときめく」というやつなのかもしれない。

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