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第34話

 うろたえ、そして噴き出した。ビッチの誉れ高い自分がときめくものは極上のペニスに限られ、決してその持ち主にではない。だが甘酸っぱいものが胸に満ち満ちる理由が涼太郎本人にときめいたからだと仮定すると、辻褄が合わないこともない。 「ときめ……く……」  ふらふらと倒れかかったところを見物客に抱き留められた。股間がわりとイケている男子だったので、ついでにフェロモンをひと噴射。そうだ、これが本来のおれで、涼太郎ごときにときめくなんて、ありえない。  一方、パフォーマンスは大詰めだ。最後は残ったひとりが(かたき)を討つ体で襲いかかる、という筋書きだったのだろう。  涼太郎の死角から、頭のてっぺんめがけて木刀が振り下ろされた。 「白石くん、危ない、後ろ!」  羽月は思わず叫んだ。涼太郎が敏捷に振り向きざま相手を斬り捨て、そのさい磁力が働いたように、ふたりの視線がからんだ。  ヤバい、ヤバい。羽月は大急ぎで輪の外に飛び出すと、転がり込むように立ち木の陰に隠れた。現実とお芝居をごっちゃにして素っ頓狂な声を張りあげるなんて、それだけ夢中になって見物していた証拠のようで恥ずかしすぎる。  忘れたい、忘れよう、そうだ忘れてしまおう。  ならず者が全員、刀の錆となったということは、パフォーマンスはおしまいだということだ。涼太郎に見つからないうちに逃げ去るのが正解で、なのに膝ががくがくと震えて到底歩ける状態ではない。  見物客がバラけた。女子高生とおぼしいふたりづれがスマートフォンを操作して、イケメンと、きゃっきゃっと笑う。ちゃっかり涼太郎の動画を録って見せ合いっこをしているのだ。  羽月は女子高生を睨みつけた。安っぽい言葉でひとの大切なペニスを格付けするな、と言いたい。スマートフォンを叩き壊されないだけありがたく思え、だ。  殺陣の研究会のメンバーは撤収後、現地解散となった。涼太郎は着替えにでも行くのか、みんなと別れて歩きだす。ただし一対五の死闘(と言ってもいいだろう)を繰り広げた余韻をひきずって、剣呑なオーラを放っているようだ。現に涼太郎が木刀片手に通りかかると、十戒の奇蹟で有名な〝紅海がふたつに割れるの図〟のように、在校生も来場者も道を譲った。  羽月は見え隠れに後を()けた。イタいやつ、と自分で自分を嗤い、だがパフォーマンスのことを教えてくれなかった仕返しだ。  胴着を脱いだ瞬間を狙って涼太郎の前に姿を現し、闘争心に火が点いたままの状態にあるだろうペニスが羞じらい勃ちをするまで、ねっとりと視姦してやる。  晩秋の気配に、西の空が茜色に染まりはじめた。涼太郎の足下に長い影が伸び、一定の速度で移動していたものが唐突に静止した。  どうもモンゴルのパオを思わせる、お椀を伏せたような形のテントに興味をそそられた様子だった。

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