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第36話

 おれは助手、おれは黒衣(くろご)。羽月は自分にそう言い聞かせながら、かしこまっていた。そのじつ心の中では嵐が吹き荒れて、わなわなと全身が震える。  復讐だの刺客だのと物騒な単語が飛び出したが、そんなものは些末な問題だ。Sとは、どこのどいつだ。惹かれるものがある、とは聞き捨てならない。占い師に取って代わって、Sとやらと縁を切らないと災いが降りかかる、と忠告してやりたい。  雰囲気作りに飾ってある水晶玉をヴェールの裾で拭きまくる。涼太郎と親しくありたいと思うのは、あくまで上物の予感がするペニスをいただくための前振りで、他意はない、ないはずだが無性にくやしい。  家訓に従って結婚するまで純潔を保つとほざいていたくせに惚れた腫れたと言いだすとは、話が違うじゃないか。Sという虫は、童貞が往々にして魅せられる巨乳か、巨乳なのか。惑わされるな、EカップもGカップも要するに脂肪の塊だ。振らせ甲斐があると評判の、おれの桃尻のほうが揉み心地がいいぞ。  エセ占い師がカードの一枚に指を触れた。 「紆余曲折を経て最終的にはラブラブ、とカードが語っている。お告げを信じてグイグイ行こう、グイグイと」 「ありがたい()だがSには恋人がいる。ラブラブも何も、俺は(はな)から対象外だ」  そう言って憂わしげなため息をつくさまに、正体不明の炎がめらめらと燃えあがった。 「お〇〇こより、おれの穴のほうが具合がいい。騙されたと思って試してみろ」  羽月はエセ占い師を押しのけながら小卓に手をついた。その拍子にヴェールが垂れ下がり、目許があらわになった。  涼太郎が息を吞み、小卓のこちら側とあちら側で同時に凍りついた。一刹那、動いているものは、ひらひらと舞い落ちるタロットカードだけになった。  羽月は、そそくさとヴェールをかぶりなおした。口走るに事欠いて〝お〇〇こ〟とは、ライバル意識をむき出しにしているようで、みっともないったら。タイムマシンに乗って、顰蹙発言をぶちかました瞬間の自分を殴り飛ばしにいきたい。 「四ノ宮、先輩か……? 大っぴらに立ち聞きするとは、どういう了見だ」  底光りがする目で、涼太郎が睨んできた。それでいて彼自身が証拠湮滅を図りたがっているように、タロットカードを拾い集めるそばからばらまく。  正体がバレてしまったあとで、ごまかすもへったくれもないが、悪あがきをするだけしてみよう。 「違う、人違いだ、他人の空似だ……河童が覗いてる!」  勢いよく天井を指さし、涼太郎がつられて(こうべ)をめぐらせた隙に、彼のかたわらをすり抜けた。そして一目散に逃げだす。

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