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第38話

〝やましい〟と書いてある顔が鏡に映り込み、うつむいた。 「ああ」といえば、よがり声と決まっていて、快感の高まりぐあいに応じて七色の「ああ」を操る。今は悔恨に満ちた「ああ」が洩れる。  謝罪をすませて、からの仲直りの印に後夜祭を一緒に楽しむ、からのラブホテルで休憩。話の進め方しだいでは、実現していた。  ところが、待望久しいペニスを自ら遠ざけるありさま。おれは世界一……いや、宇宙一のアンポンタンだ。  この一件は致命傷で〝四ノ宮羽月は要注意人物〟とのタグづけがなされたに違いない。自主的に謹慎に努めたい気分で、なのに明日の夜も涼太郎とバイト先で顔を合わせる。話しかけても冷淡にあしらわれたら、と思うと今からビビる。 「仮病使ってサボるとか、辞めるとか……」  忘年会シーズンに突入間近のこの時期に、バイト仲間にしわ寄せがいくようなことはできない。それ以前に涼太郎との接点がなくなるのは、素直に淋しい。  スマートフォンを見つめる。とりあえずLINEで謝るのは、相手が事、礼節を重んじる涼太郎では逆効果になりかねない。第一、既読スルーを決め込まれた日には心が折れる。さしあたって責任の一端がないこともない須田に呪いのメールを送っておく。  貴殿のチ〇ポは今後十年にわたって中折れする宿命(さだめ)にある──と。  当たり散らすなんて人間が小さい。小さいのは可憐でいじり心をそそる乳首だけで十分だ、と呟くとなおさらヘコんだ。 「Sは快活で愛らしくて、ギャップ萌え……だっけ?」  カタブツの童貞とは、トロいの代名詞なのか。相性云々を気にして占いにすがる時点で、明らかに恋に落ちている。まあ、羽月自身、恋らしい恋をした経験がないので、あまり偉そうなことは言えないが。  それにしてもSとは、どんな人物なのだろう。おれに断りもなしに涼太郎のハートを射止めやがって。妬ましさと羨ましさをない交ぜに、胸の奥がざわざわする。  小窓から空を仰いだ。孤高の王のように北極星がきらめき、その輝きは意志の強さを表す双眸を思わせた。  時に射貫くような眼差しを向けてくる涼太郎を。  メルヘンチックとビッチは、鰻と梅干以上に食い合わせが悪い。大げさに「おえっ」と顔をしかめると、頭をひと振りした。  涼太郎など所詮、千人斬りを成し遂げるにあたっての通過点にすぎない。  ペニス以外に用のないやつに心をかき乱されるなんて、冗談じゃない。

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