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第41話

 と、スマートフォンが振動した。ディスプレイに目を走らせて軽く舌打ちをする。例によって例のごとく非通知の電話だ。  甘い香りを放つ完熟バナナが、自ら皮をむきにかかっている。さながらそんな状況にあるときに、中二病をこじらせているようなやつの戯言(たわごと)なんかにつき合っていられるか。よって、無視する。  あ、と切り出すとハモった。身ぶりで順番を譲り合ったすえに、涼太郎が鹿爪らしげに口を開いた。 「断っておくが怒ってはいない。けれど突飛な行動に面食らったのは確かで、過日の一件について釈明を求めたい」  焼き芋の欠けらが喉につかえた。羽月はタイムを要求し、記憶を掘り起こしにかかった。我ながらケッタイなことをやらかしたものだ、と首をかしげてしまう。  他の男は、ひとしなみに〝洋服を着て歩くペニス〟。だが涼太郎に限ってはペニスの性能にとどまらず、内面にも興味をかき立てられるものがある。だからといってプライバシーを侵害するのはやりすぎで、どうして(たが)が外れちゃったのか羽月自身が知りたい。  涼太郎がコーヒーをスプーンでかき混ぜる。らしくもなくカップをがちゃつかせるあたり、いささか苛ついている様子だ。 「俺に肉じゃがをごちそうしてくれたのがカレシさん──須田さんといったか──の逆鱗に触れて喧嘩になり、情緒不安定気味だったがゆえに奇矯なふるまいに及んだのではないか」  羽月は口ごもった。真摯な眼差しには心の奥底にひそむものを暴きだす力があるようで、きみのペニスが〝いい仕事〟をしてくれればもやもやしたものが吹き飛ぶ、とペラペラとしゃべってしまいそうになる。だが、うっかり本音を吐いたが最後、エンガチョ扱いされるのがオチで、ここは無難な線でいこう。 「カレシ発言はマジに悪質な冗談で、おれ、マジにフリーだから。理想の恋人は絶対に浮気しなくて運動神経がよくて一本気な性格で、動物に喩えると飼い主に忠実な秋田犬。実際、日本男児ってタイプだし……」  力説するにつれて顔がひきつっていく。この条件にまんま当てはまる人物が、折しもコーヒーをすすった。  旧式のエアコンは効きが悪く、まだ室内全体は暖まりきっていないのに汗が噴き出す。羽月は通学用のリュックサックから伊達眼鏡を引っぱり出して、かけた。  気休めにすぎないが、射るように眉間にそそがれる視線がやわらいだ気がする。以上のことをなかばパニクりながらやっていたことも相まって、ごくごく小声で紡がれた述懐は、リュックサックをごそごそと漁る音にかき消された。  ──眼鏡も似合う、似合うが、もしや須田さんとペアで意味を汲めならば妬ける……。

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