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第48話
との好感触に、早い者勝ちというように焦ってしまう。すかさず小指を立てた右手を差し出し、その拍子に座卓を傾かせるほどに。
涼太郎は襖を開きかけたところで、そのままの姿勢でしばし固まった。ぎくしゃくと踵 を返すと、一転して猛然と小指をからめてくる。
あまりの馬鹿力に羽月は顔をしかめた。それでいて胸の奥がくすぐったいうえに、感電したように触れ合わさった部分がびりびりする。
同じくらい上気した顔を見合わせて、
「指切りゲンマン」
声をそろえて唱えると、諸共におかしなスイッチが入り、肩といわず背中といわずバシバシと叩き合った。
羽月は、エプロンの腰紐を締めなおすともに決意を新たにした。来たる元日には、ビッチならではのやり方で新年を寿 いでみせよう。初詣をすませたあとに道に迷ったふりでラブホテル街に誘導し、社会見学と称して部屋にしけ込んで、童貞とのお別れ会ならびに姫はじめを行うのだ。
それから小一時間後、猫の手も借りたい忙しさとはこのことだ。刺身の盛り合わせに海鮮サラダにワカサギの天婦羅……等々。料理ができあがるそばから客のもとに運んでも運んでも、追加のオーダーが入る。空いたグラスを下げても下げても、おかわりの声が飛ぶ。
賽の河原で石を積むにも似てキリがない。料理人以外のスタッフは、厨房とホールを行ったり来たり、一階と二階の間を上ったり下りたり。その合間に生ビールをジョッキにそそぎ、各種のサワーを作り、お燗をつけて、と舞台裏は戦場だ。
かてて加えて皿を割った、リバースしたものでトイレが詰まった、客同士が揉めている、と次から次へとトラブルが発生する。
そんな中、羽月にとって癒やしの対象は涼太郎の姿だった。だが視線がからむと疲れが吹き飛ぶ反面、一度ならずムッとする光景を目にして、心の中のインジケータが百かゼロに振り切れる。今しも、こんなふうに。
OL風のグループに笑顔を安売りして、多勢に無勢でお持ち帰りされるぞ。あっ、今度は美魔女のテーブルに呼ばれた。おれの白石くんに、ちょっかいを出すなチクショー!
ぜぇぜぇ、はぁはぁと身悶えすることが多々あるせいで、忙しさのピークを過ぎるころにはバテきっているありさまだった。
「……休憩、もらいまぁす」
「ねえ、背中のそれ何?」
バイト仲間に訝られて首をねじ曲げてみると、いつの間に貼りつけられたものなのか、レポート用紙がひらついた。新聞紙を切り抜いた活字で文章を綴る、という凝り方がシュールさと不気味さをない交ぜに醸し出すそれは、告発状と脅迫状の性質を兼ね備えていた。
曰く〝謹告、四ノ宮羽月に近づくとビッチ菌が伝染 る〟。
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