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第50話
「仕事中に猥褻なものを視聴するのは感心しないな。でも、はづき? 同名か」
そらっとぼけた折も折、スピーカーの性能が不意に向上したように音声がクリアになった。
『M大法学部三年の四ノ宮羽月に告ぐ。ビッチの末路と書いたプラカードを持って裸でキャンパスを一周しろ。言う通りにしないと例の動画を拡散してやる』。
あわてて停止ボタンを押すのに先んじて、スマートフォンがかっさらわれた。しかも身長差を利用して、爪先立ちになっても届かない高さに遠のく。
「勝手にさわるな、返せ!」
鋭い視線に射すくめられた。また再生がはじまり、ビッチ生活をすっぱ抜くにつれて、ロッカールームは鉛色の渦に巻き込まれていくようだった。
羽月は割り箸をへし折った。粘着野郎、あることないこと言いやがって。例の、と含みを持たせたのはハメ撮りの存在を匂わせているのだろうが、どうせハッタリだ。
リベンジポルノの材料? 現物を見せてもらおうじゃないか。試しに強気な態度で要求すれば、おたおたするに決まっている。
これまで吼えたい放題に吼えさせておいたのは、それで憑き物が落ちるだろう、と判断してのこと。いわば恩情だ。それに泳がせておいてボロを出した時点でとっ捕まえたほうが、無駄を省ける。
だが、てめえの浅はかさを今になって呪いたい気分だ。涼太郎が、世にもおっかない目つきで睨んでくる。
羽月は思わず後ずさった。心臓が跳ね、リアル針の筵に手汗がすごい。どうしよう、マジに最悪の展開?
今度は横にずれると、動くな、と命じるふうに床が踏み鳴らされた。すらりとした体軀から、どす黒いオーラが放たれているように感じる。たじたじとなったところに、嫌みったらしいまでに丁重な手つきでスマートフォンが返却された。
「要約すると、先輩はペニス狩りにうつつを抜かし、同級生の大半を毒牙にかけた──以上、相違ないか」
単刀直入に斬り込んでこられて鼓動が速まった。知らぬ存ぜぬで押し通して、ひとまずこの場を切り抜ける。それもひとつの手だが、理詰めで物事を考える理系男子が相手だと、かえって難詰されることになりかねない。
そもそも涼太郎に対して、釈明に努める必要があるのか? 羽月は髪をかきあげると、ふてぶてしげに頬をゆがめた。
「確かに、おれは天下御免のビッチだ。でも、周りの男子を穴兄弟にしまくってるってのは盛りすぎで、電話のやつは例外だけど後腐れがない連中と合意の上で遊んでる」
と、ぶちまけている間中、涼太郎は頭を横に振っていた。理解に苦しむ、と言いたげに。そして深いため息をつく。
「貞操観念というものはないのか」
「んんん? 格安で売っぱらちゃった感じ」
茶化してみせたのは大失敗で、いちだんと険悪な空気が流れる。慎重に積みあげてきたトランプの家が、完成間近に崩れ去る映像が脳裡をよぎった。
あるいは、涼太郎とふたりで丹精して育てた薔薇を自ら切り倒してしまったイメージが。
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