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第2話

 誘蛾灯に群がる虫のようにギャンブラーが夜な夜な集うこの店で、佐野冬哉(さのとうや)こと、おれを含めて従業員はひとくくりにディーラーと呼ばれる。  ルーレットを例にとれば夜っぴててきぱきとホイールヘッドを回して、象牙でできた小さなボールを回転盤に放つ。ゲームが一回終了するたびに、チップという名の貨幣を用いて集金と支払いをすませる。  息づまる場面を演出して射倖心を煽りたてる黒衣(くろこ)。それが、ディーラーの仕事だ。 「これはこれは、カジノ名物『すってんてんになった客が叩き出されるの巻』に遭遇するとは、幸先のよいことだ」  流暢で、けれど英語圏の国で生まれ育った人が日本語で話しているように発音に特徴がある声の(ぬし)が、生意気な口を利いた。  どこの何様だ、とクロークを見やれば、沢木が柱にしがみついて抗う例の厄介者をつまみ出すところで、その模様を「風物詩」と皮肉った男性は、すったもんだやっているさなかに来店したカップルの片割れだ。  皆勤賞のレディのおでましだと、おれは苦笑した。女性は大の常連で、三十四、五歳の男性のほうは上得意の同伴者であれば一回にかぎり無審査で入店を許可されるビジターだ。  浅黒い肌がエキゾチックな雰囲気を醸し出す男性は、均整のとれた長身でタキシードをさらりと着こなしていた。端正な反面、アクが強い顔立ちで、しかし王者の風格を漂わせているというか、すさまじい存在感があって、百花繚乱状態に群れなす美女に色目をつかわれても眉ひとつ動かさない。  猫系──と昔の恋人にそう評された切れ長の目を瞠って、おれは洗練された物腰に無意識のうちに見惚れていたらしい。男性と視線がかち合った瞬間、肉厚な唇が冷笑にゆがむ。  物欲しげな目つきだな。そう当てこすられた気がして、おれはつい素に戻って男性を睨み返すと、右手を振り上げて客に宣告した。 「ノー・モア・ベット(賭けはそこまで)」  客たちが勝負の行方を固唾を呑んで見守るなか、ボールはデフレクターと呼ばれる薄い金属板に跳ね返されるたびにジグザグに弾む。ホイールの中を奔放に駆け回った結果、外縁部に徐々に下りていって、放射状に計三十八個並ぶポケットのひとつにやがて収まる。 「赤の7がきました。今回、幸運に恵まれたかたは、どなたでしょう」  おれがボールをつまみ上げて明かりに翳したとたん、こちらの客は手を叩いてはしゃぎ、あちらの客は舌打ちする。チップがやりとりされてテーブルがひとしきりにぎわう。

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