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第3話

 その間に、バカラ、クラップス、ブラックジャック、キノと、いずれも興趣満点なテーブルが配された店内をひとわたり見て歩いたすえに相談がまとまったらしい。  いっとう最初はルーレットで遊ぼうというふうに、華やかなカップルがこちらにまっすぐやってきた。  客をもてなすのはルーティンワークの一環なのに、今夜にかぎって鼓動が速まる。おれは絹の手袋をさりげなくはめ直すと、ことさら背筋を伸ばして彼らを迎えた。  そして、ゲームに参加するなら空いている席にご自由に──と身ぶりで彼らをうながす。それに応えて女性のためにスツールを引いてあげるさまは手慣れたもので、彼は、たぶん欧米に長期間滞在していた。 「何色(なにいろ)のチップをご用意いたしましょうか」  おれの質問に、男性は眉を上げてみせた。 「高校生の分際で、きみが采配を振るのか」 「坊やをからかって、シダラさんも意地悪ね。あなた、二十歳(はたち)はすぎているわよね?」 「この年末で二十六になります」 「すこぶるつきの童顔に騙された。チップを扱う手つきがいたいけなものだから、てっきり未成年だと……失敬、正直な性質(たち)だ」  シダラ──おそらく設楽と書くのだろう男性は、肩をすくめる。それから、敏捷な身のこなしでディーラー席に回り込むと、傍若無人な態度に眉をひそめるおれの(おとがい)を掬った。 「凛々しい、しかも可憐だ。きみのようにラスベガスで通用する華があるディーラーが、なぜ、場末のカジノにくすぶっている」    客に口説かれるのは日常茶飯事でも、こんなに露骨なのは新手のパターンで、まごつく。 設楽は悪びれた色もなく、おれの頬を指の背でつつく。関節が目尻をかすめたはずみに我に返って、おれは血相を変えてすっ飛んでくる沢木を目顔でいなすと、いつのまにか腰に回されていた腕を、やんわりとねじ上げた。 「ここは紳士淑女の社交場です。お客さまは、いささかヤンチャがすぎるようですが?」 「辛辣だな。では、外柔内剛なディーラーに敬意を表して、おとなしくするとしよう」  神妙に引き下がり、そのじつ傲然と、設楽はきらびやかな金色のチップを要求する。  カジノの通貨といえるチップがちゃんとあるにもかかわらず、ルーレットの台は別個のチップを使用するのは無用の混乱を避けるためだ。  つまりAさんは白、Bさんは紫、というぐあいに前もって色合いが異なるチップを各人専用として割り当てておけばレイアウトの上で何十枚ものチップがごちゃついても、誰がどの数字にいくら賭けているのか一目瞭然だ。要するに払い戻し金の計算がしやすい。

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