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第4話

 ところでルーレットには賭け金が三十五倍になって戻ってくるかわりに的中率は三十八分の一というハイリスク・ハイリターンなものから、当たっても元返しという旨味にとぼしいものまで全部で十三通りの賭け方がある。そして、たいていの客は当面は様子見に徹して冒険は慎むものと相場が決まっている。  しかし設楽は無謀……もとい勝負師だった。金色のチップを〝0〟に一枚置く。  セオリーを無視した客は火傷をするのがオチで、設楽も遠からず痛い目に遭う。そう思うと口許が嗤笑(ししょう)にゆがみ、けれど表面上は営業スマイルを絶やすことなく真鍮でできたホイールヘッドをつまんだ。反時計回りに円盤を回すと、狙いあやまたず回転が最高潮に達する瞬間にボールを弾き入れた。 「5、来い」だの「黒よ、黒」と念じながら食い入るように回転盤を見つめる同好の士を尻目に、設楽はゆったりと紫煙をくゆらす。  いっぽうボールはホイールの中心部を所狭しと走り回り、デフレクターに行く手を阻まれるごとに気まぐれに向きを変えてプレイヤーを焦らしぬいたあげく、、と白羽の矢を立てたポケットにようやく落ち着く。  00とともに二カ所だけグリーンに色分けされた〝0〟に。  設楽は今回のゲームで獲得した三十五枚のチップを、そっくりそのまま〝0〟に賭けた。  同じ目が続けて出る確率は、実に一四四四分の一。一攫千金を夢見てストレートアップという賭け方にこだわるのは勝手だけれど、それ一本槍でいけば絶対に自滅する。  チャレンジ精神旺盛な設楽氏に、当店の売り上げに貢献してもらいましょう。おれは腹の中で毒づいて再びホイールヘッドを回し、ところがその数十秒後、マジかよ、と呟いた。 「僭越ではあるが、幸運の女神に乾杯を」  設楽は居合わせたプレイヤーにシャンパンをふるまうと、一二二五枚になって返ってきたチップをすべて〝0〟につぎ込む。  まぐれ、ビギナーズ・ラック、驚異的な強運、神がかりを超越して化け物等々……。  想像を絶する展開に、おれは呆然と立ち尽くす。ボールを円盤に投入するタイミングは毎回、微妙にずれる。続けざまに〝0〟が出るなんて到底ありえないことなのに、なのに設楽の読みは的中しまくるんだ……? 「お、めでとうございます。初顔のお客さまがこれで連続五回〝0〟を射止めました」  天文学的な枚数にふくれ上がったチップが照明を浴びて燦然と輝くさまは、壮観の一語に尽きる。この店のレートで換算すれば設楽はすでに数億円は稼いでいる勘定で、野次馬がつめかけてテーブルを十重二十重に取り囲み、人いきれでむんむんする。

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