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第5話

   沢木が急を聞いて駆けつけてきて、それとなく設楽に親指を向けながら、おれに囁いた。 「冬哉、野郎の身体検査をするか」  身ぐるみはがされた腹いせに青竜刀を振り回して暴れる客を木刀一本で撃退したという武勇伝の持ち主も、破産の危機に瀕しているとあって、さすがに表情が冴えない。 「ズルをやってる形跡は、ないよ」  おれが設楽を弁護するのも変な話だ。だけど、たとえば客が特殊な装置を用いてボールの動きを操るとか、なんらかの小細工を弄することはルーレットにおいては不可能に近い。  と、設楽が煙草の穂先でおれを指し示した。 「いまひとたび〝0〟に賭けるのも一興だが、よしんばわたしにツキがあったときはこの店の支払い能力を超えるだろう。そこでものは相談だが、きみに一対一の勝負を挑みたい」  妥協を許さない視線が、おれを射すくめる。 「赤、もしくは黒に賭ける。きみが勝てば、わたしはおとなしく退散し、わたしが勝利を飾ったときは勝ち分を全額放棄する見返りに……」  人差し指が口許に突きつけられた。 「もぎたてのサクランボみたいに(みず)やかな唇をごちそうになる。それが、ルールだ」  ざわめきが、ピタリとやんだ。その直後、誰かが口笛を吹き鳴らしたのを合図に特等席をめぐって押し合いへし合いが始まった。  サプライズは大歓迎、というふうに外野が異様に盛りあがる状況下で売られた喧嘩を買わないようではディーラーの沽券(こけん)にかかわる。 「ディーラーは非売品だ、お生憎さま」  おれは全身に殺気をみなぎらせる沢木に微笑(わら)いかけると一歩、前に出て設楽と対峙した。 「ディーラー風情のキスに高値を提示してくださるなんて酔狂……いえ、奇特なかただ」 「適正価格だと思うが? ところで震えているようだが、怖じ気づいたのか」 「武者震いです、それとお客さまに選択権をさしあげます。黒と赤、お好きなほうを」  黒、と即答したあとは悠然とカマーベルトをいじる設楽にひきかえ、ディーラーの面子がかかっているこちらは沢木がやけくそぎみにホイールヘッドを回すと顔がひきつりはじめる体たらく。ヘタレもいいところだ。  勝った、負けたと一喜一憂する客を日頃はひそかに嘲笑っているくせに、すり鉢状の円盤の中心部を溌溂と駆け巡るボールから片時も目が離せない。  回転がゆるやかになるにつれて鈴生りになった野次馬の間で期せずしてカウントダウンが始まり、三、二、一という大合唱が〇でいっそう高まると、破裂しそうなくらい心臓がバクバクする。

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