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第11話

 四個のダイスをテーブルに置き、それらに伏せたグラスをかぶせる。8の字を描くようにグラスを素早くすべらせているうちに遠心力が働きはじめ、、という瞬間を狙い澄まして宙に浮いた一個めのダイスを二個めのダイスが支える形になるようグラスの傾け具合を加減しつつ同じ手順を繰り返し……、 「はい、タワーの出来上がり。お粗末さま」 「すばらしい……。神業、いえ、魔法です」 「おれで営業トークに磨きをかけるなって」  一糸乱れず垂直に並ぶ四個のダイスをためつすがめつする設楽を照れ隠しにこづくと、彼は真顔になって力説する。 「お世辞を言うつもりは、毛頭ありません。華麗な身ごなしでルーレットのテーブルを仕切る冬哉さんは、傑出したディーラーです」  はい、はいと生返事で設楽をあしらっておいて、紅潮した頬を手で扇ぐ。こう言っては語弊があるけれど、設楽がめっきり大人びたのも語彙がぐんと豊富になったのも、閉ざされた記憶の扉を開く鍵になればと考えて、コメディからヒューマンドラマまで彼にさまざまなジャンルの映画を観せたことが少なからず影響しているのかもしれない。  マラソン観賞会の収穫、らしきものも一応あった。  地中海を舞台にしたサスペンス映画が佳境に入ったさいに──風景に見覚えがある──と設楽は呟き、プレジャーボートが画面に大映しになると彼自身がその船を操縦しているように舵輪を回す仕種をしてみせた。  おれはダイスを撫で回す設楽を盗み見た。判断材料にとぼしい現状では想像の域を出ないにしても、どんな推測でも成り立つ。  設楽の正体はプレジャーボートを車感覚で乗り回す放蕩息子でも、一等航海士でも、はたまた怪盗であってもおかしくはない。  まあ、食っちゃ寝する以外に能がない駄犬でも三日も飼えば情が移る。  あれと同様に、一日中おれの後ろをくっついて回り、いまも無駄に長い手足を窮屈げに折りたたんで右隣のスツールにちんまりとおさまる、という調子でなついてこられたら無下にもできない。 「あのさ、この技のコツを教えてやるよ。グラスを切り返すときにスナップを利かせるのがポイントで、練習次第で設楽もできる」  原理は単純でも、マスターするにはそれ相応の努力を要する。だから、わんこに芸を仕込むかといった程度の軽い気持ちで設楽の正面に適当な間隔を開けてダイスを並べ、 「ものは試しで、やってみな」  彼にうなずきかけたせつな、仮面……そう、仮面をつけ替えたような豹変ぶりを目の当たりにして、心臓が大きく跳ねた。

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